三剣の邂逅
2
相手の正体を見極めた途端、急に親しげな態度に変わった男は、二人を快く屋敷内へと案内してくれた。
そんなに広くはないが、外面の荒廃ぶりに比べると、室内は意外とこざっぱりしていた。
ただ、室内装飾と呼べるような余計なものは一切なく、必要最低限のものだけが、必要な位置にただ据え付けられている、といった感じだ。召使を雇っている気配もなく、案の定、一度奥に引っ込んだ男が、自らお茶を運んできた。
ライアとクローブは、暖炉と長いす、その間に申し訳程度に置かれている小さなテーブルのみある応接間で、この屋敷の主と向かい合って腰を下ろした。
「先程はすまなかった。改めて、私がジュスイ=ドアだ」
ジュスイが腰を上げ、目の前の二人に手を差し出した。
「ライアです」
「クローブ=リンカルだ」
二人は交互にその手を握り返し、クローブは、ライアの旅の間の護衛であると名乗った。
「ライアか、十年ぶりだな。私を覚えているか?」
先程からでは想像もつかないような優しい瞳で聞かれて、ライアは小さく首を振った。
「いえ……すみません」
「いや、気にすることはない。君はまだ小さかったからな。ランディは元気か? フレシア殿は?」
フレシア、とはライアの母の名だった。次々と口をつく肉親の名に戸惑いつつも、どう答えるべきか、迷う。
母はともかく、今の兄の状況を「元気」と答えるのは、あまりにも抵抗があった。
沈黙するライアの様子に、何かを感じ取ったのだろう。ジュスイが、浮かべていた穏やかな表情を、やや引締めた。
「何かあったのか? そもそもこんな遠方まで訪ねて来てくれるとは、嬉しいが、何か子細がありそうだな」
兄のこと。父のこと。どこから話せばよいだろう。ライアが頭を悩ませていると、クローブが横から助け舟を出してくれた。
「話せば長くなるんだが、ライアはあなたに、クラーク=フレノールという人物についての話を聞きに来たんだ」
「クラークのこと、というと?」
ジュスイが不思議そうな顔で尋ねた。
「ライアは、自分の死んだ父親が、十年前の事件の犯人とされている、クラーク=フレノールと同一人物なのかを確かめたいんだ」
クローブの横で頷くライアを、ジュスイは驚いた目で見つめた。
「何も……聞かされてないのか?」
ライアは、今度はまっすぐジュスイの目を見て答えた。
「はい。私には、幼い頃に他界した父の記憶はほとんどありません。生前の父については、母や兄から多少は聞いていましたが、あまり詳しくは知らないんです」
というより、ほとんど何も知らなかったのだと、今回の件で初めてわかった。
ライアが教えてもらった父の話は本当に「多少」であって、それすらも、いろいろときまずい思いをしてまで得た、貴重なものだった。
「それが、今回ある件で初めてこの国に来て、父の形見の短剣が、この国の紋入りだとわかったんです。それで、不思議に思ってそのルーツを調べていたんですけど……」
ライアがここで言葉を切り、クローブがそれに続いた。
「結果、この剣が国内に三本しかないことがわかり、それを辿るうちに、十年前の事件のことに行き当たった。ライアは、自分の父親が、王を殺したのかとひどく気にしている」
「そうか……」
ジュスイは深いため息をつくと、しみじみと呟いた。
「確かに、悲惨な過去だ。フレシア殿は、過ぎた苦しみを、お前に味合わせたくはなかったのだろう」
ジュスイの言葉の端々に滲み出る、母や自分を思いやるような響きに、ライアは、いかに彼が自分の家族と親しくしていたかを感じていた。
「それで、私は何から話せばいい?」
ジュスイが両肘を膝に乗せ、前かがみの姿勢で尋ねた。
「あなたにお会いして、知りたかったクラーク=フレノールという人物が、確かに私の父であることは……わかりました。今知らなければならないのは、十年前の事件のことです」
「十年前の事件か……。俺は、あの二人が犯人ではないと、今でも信じている」
ジュスイの口から出たのは、予想通りの言葉だった。この考えを曲げなかったために、彼は兵職を奪われてしまったのだから。
「あなたがそうまで言う根拠が、何かあるのか?」
すかさず尋ねたクローブに、ジュスイは瞳を曇らせた。
「申し訳ないが、お前たちの役に立ちそうなものではないんだ。長年の勘みたいなもので、証拠は何もない。だが、クラークの人柄は、当時の彼を知る多くが慕うものだった。それだけに……その衝撃も大きかった」
「父は、どんな人だったんでしょうか?」
ライアの問いかけに、ジュスイは悲しさ半分、懐かしさ半分のような目で宙を見た。
「いい奴だったよ。気が利いて、優しくて、そのくせ芯が強くて。俺はあいつが大好きだった。武術に長けて、頭もよく、なんでもできたが、何より人としてできた奴だった」
ジュスイが父を語る瞳には、嘘偽りがないように、少なくともライアには感じられた。それが、せめてもの救いだ。
ライアたちが、事件についてどの程度まで知っているかというジュスイの質問に、答えたのクローブだった。
「概要は知っている。ここへ来る前、町の文書館で予備知識を入れてきた。クラーク=フレノールという名も、そこで得たんだ」
「そうか。で、どう思った?」
ジュスイもクローブに目を向けた。
「ずいぶん変な事件だなっていうのが、正直なところの感想だ。もし、ライアの父親たちが本当に犯人だったのだとしたら、いや、少なくとも『犯人』と国がみなしたわけだが、わざわざ例の短剣を作らせるほど繋がっていた絆を覆す動機は、一体なんだったのか」
これは、ライアもずっと気になっていたことだった。
ジュスイが、納得したように首を縦に振る。
「だろうな。だが、その点については、実ははっきりしていないんだ。どんなに調べても、動機に繋がりそうな事実関係は出てこなかったと聞いてる。そのため、発狂したなんていう馬鹿げた話も出てきたほどだ」
「発狂だと?」
クローブがすっとんきょうな声を出した。
「ああ。死体の検死をした時、二人の体から、微量ながら薬物の反応が出たらしいから、そんなことを言う奴が出たんだろう」
「薬って……」
「いや、薬といっても、一種の精神安定剤のようなものらしい。上は最終的に、二人が精神を病んでいたにも関らず、ろくな治療を受けずに出仕を続けた結果の事件だったという結論を下している。だがこれは、裏を返せば、それだけほかに納得のいく動機を掴めなかったということだ」
ジュスイの口調はいかにも不服そうだ。
「本当に精神を病んでいたってことは?」
「いや、格別普段と変わりはなかったように思える。ただ、確かにあの頃、疲れているような悩んでいるような、そんな素振りがあったことは確かだが」
「じゃあ、精神安定剤を服用していた可能性は……」
相手の正体を見極めた途端、急に親しげな態度に変わった男は、二人を快く屋敷内へと案内してくれた。
そんなに広くはないが、外面の荒廃ぶりに比べると、室内は意外とこざっぱりしていた。
ただ、室内装飾と呼べるような余計なものは一切なく、必要最低限のものだけが、必要な位置にただ据え付けられている、といった感じだ。召使を雇っている気配もなく、案の定、一度奥に引っ込んだ男が、自らお茶を運んできた。
ライアとクローブは、暖炉と長いす、その間に申し訳程度に置かれている小さなテーブルのみある応接間で、この屋敷の主と向かい合って腰を下ろした。
「先程はすまなかった。改めて、私がジュスイ=ドアだ」
ジュスイが腰を上げ、目の前の二人に手を差し出した。
「ライアです」
「クローブ=リンカルだ」
二人は交互にその手を握り返し、クローブは、ライアの旅の間の護衛であると名乗った。
「ライアか、十年ぶりだな。私を覚えているか?」
先程からでは想像もつかないような優しい瞳で聞かれて、ライアは小さく首を振った。
「いえ……すみません」
「いや、気にすることはない。君はまだ小さかったからな。ランディは元気か? フレシア殿は?」
フレシア、とはライアの母の名だった。次々と口をつく肉親の名に戸惑いつつも、どう答えるべきか、迷う。
母はともかく、今の兄の状況を「元気」と答えるのは、あまりにも抵抗があった。
沈黙するライアの様子に、何かを感じ取ったのだろう。ジュスイが、浮かべていた穏やかな表情を、やや引締めた。
「何かあったのか? そもそもこんな遠方まで訪ねて来てくれるとは、嬉しいが、何か子細がありそうだな」
兄のこと。父のこと。どこから話せばよいだろう。ライアが頭を悩ませていると、クローブが横から助け舟を出してくれた。
「話せば長くなるんだが、ライアはあなたに、クラーク=フレノールという人物についての話を聞きに来たんだ」
「クラークのこと、というと?」
ジュスイが不思議そうな顔で尋ねた。
「ライアは、自分の死んだ父親が、十年前の事件の犯人とされている、クラーク=フレノールと同一人物なのかを確かめたいんだ」
クローブの横で頷くライアを、ジュスイは驚いた目で見つめた。
「何も……聞かされてないのか?」
ライアは、今度はまっすぐジュスイの目を見て答えた。
「はい。私には、幼い頃に他界した父の記憶はほとんどありません。生前の父については、母や兄から多少は聞いていましたが、あまり詳しくは知らないんです」
というより、ほとんど何も知らなかったのだと、今回の件で初めてわかった。
ライアが教えてもらった父の話は本当に「多少」であって、それすらも、いろいろときまずい思いをしてまで得た、貴重なものだった。
「それが、今回ある件で初めてこの国に来て、父の形見の短剣が、この国の紋入りだとわかったんです。それで、不思議に思ってそのルーツを調べていたんですけど……」
ライアがここで言葉を切り、クローブがそれに続いた。
「結果、この剣が国内に三本しかないことがわかり、それを辿るうちに、十年前の事件のことに行き当たった。ライアは、自分の父親が、王を殺したのかとひどく気にしている」
「そうか……」
ジュスイは深いため息をつくと、しみじみと呟いた。
「確かに、悲惨な過去だ。フレシア殿は、過ぎた苦しみを、お前に味合わせたくはなかったのだろう」
ジュスイの言葉の端々に滲み出る、母や自分を思いやるような響きに、ライアは、いかに彼が自分の家族と親しくしていたかを感じていた。
「それで、私は何から話せばいい?」
ジュスイが両肘を膝に乗せ、前かがみの姿勢で尋ねた。
「あなたにお会いして、知りたかったクラーク=フレノールという人物が、確かに私の父であることは……わかりました。今知らなければならないのは、十年前の事件のことです」
「十年前の事件か……。俺は、あの二人が犯人ではないと、今でも信じている」
ジュスイの口から出たのは、予想通りの言葉だった。この考えを曲げなかったために、彼は兵職を奪われてしまったのだから。
「あなたがそうまで言う根拠が、何かあるのか?」
すかさず尋ねたクローブに、ジュスイは瞳を曇らせた。
「申し訳ないが、お前たちの役に立ちそうなものではないんだ。長年の勘みたいなもので、証拠は何もない。だが、クラークの人柄は、当時の彼を知る多くが慕うものだった。それだけに……その衝撃も大きかった」
「父は、どんな人だったんでしょうか?」
ライアの問いかけに、ジュスイは悲しさ半分、懐かしさ半分のような目で宙を見た。
「いい奴だったよ。気が利いて、優しくて、そのくせ芯が強くて。俺はあいつが大好きだった。武術に長けて、頭もよく、なんでもできたが、何より人としてできた奴だった」
ジュスイが父を語る瞳には、嘘偽りがないように、少なくともライアには感じられた。それが、せめてもの救いだ。
ライアたちが、事件についてどの程度まで知っているかというジュスイの質問に、答えたのクローブだった。
「概要は知っている。ここへ来る前、町の文書館で予備知識を入れてきた。クラーク=フレノールという名も、そこで得たんだ」
「そうか。で、どう思った?」
ジュスイもクローブに目を向けた。
「ずいぶん変な事件だなっていうのが、正直なところの感想だ。もし、ライアの父親たちが本当に犯人だったのだとしたら、いや、少なくとも『犯人』と国がみなしたわけだが、わざわざ例の短剣を作らせるほど繋がっていた絆を覆す動機は、一体なんだったのか」
これは、ライアもずっと気になっていたことだった。
ジュスイが、納得したように首を縦に振る。
「だろうな。だが、その点については、実ははっきりしていないんだ。どんなに調べても、動機に繋がりそうな事実関係は出てこなかったと聞いてる。そのため、発狂したなんていう馬鹿げた話も出てきたほどだ」
「発狂だと?」
クローブがすっとんきょうな声を出した。
「ああ。死体の検死をした時、二人の体から、微量ながら薬物の反応が出たらしいから、そんなことを言う奴が出たんだろう」
「薬って……」
「いや、薬といっても、一種の精神安定剤のようなものらしい。上は最終的に、二人が精神を病んでいたにも関らず、ろくな治療を受けずに出仕を続けた結果の事件だったという結論を下している。だがこれは、裏を返せば、それだけほかに納得のいく動機を掴めなかったということだ」
ジュスイの口調はいかにも不服そうだ。
「本当に精神を病んでいたってことは?」
「いや、格別普段と変わりはなかったように思える。ただ、確かにあの頃、疲れているような悩んでいるような、そんな素振りがあったことは確かだが」
「じゃあ、精神安定剤を服用していた可能性は……」