三剣の邂逅
第四章 過去の亡霊
1
二日後、クローブはライアを連れて、ヴィアレトの町外れにある一軒の家へと向かった。
昨日ライアが目覚めた時、彼の姿はどこにもなかった。ライアの気苦労を考え、単身で事件調査に出かけたのだ。
後を追おうとしたのをカナリにしっかりと止められ、ライアは仕方なく一日宿屋で過ごしたのだが、おかげで、限界に近かった精神と肉体の疲れも、少し和らいでいる。
ライアは、二人の優しさが嬉しく、また、一人じゃないことを頼もしく思った。
クローブは昨日、一日がかりで、十年前の事件の犯人とされている二人を知る人物を探したのだそうだ。だが、身内の者は、その事件に則してほとんどが国外追放をはじめとするなんらかの処分を受けていて、とうとう探し当てることはできなかったという。
そこで、身内ではなく、比較的彼らと親しくしていた者へと視点を変えて探してみたところ、ライアの父かもしれない人物、クラーク=フレノールと旧知の仲だという者の情報を手に入れることに成功した。
その人物の名は、ジュスイ=ドア。
彼は、クラークと同期の兵士で、イアン=コルバートやもう一人の王の側近だった人物とも知り合いだったが、特にフレノール家とは、家族ぐるみの付き合いをしていたそうだ。
十年前の事件の際も、二人が犯人であるはずがないと強固に主張して一歩も引かなかったため、事件に無関係だった者としては異例の、兵職奪取という処分を受けたのだという。
身内ではない者のために人生を棒にふったこの男からなら、真実に近い情報を引き出せるのではないかと、クローブは考えたのだ。
古びた屋敷の前に立った時、ライアは蔦の絡まる一見荒廃しかけた建物に、何故か人間味の深い、心温まる思いを感じとった。
それは、すたれた屋敷には不釣合いな程の、見事に手入れされた庭園によるものかもしれなかった。
全愛情を注ぎ込まれたかのように美しく咲き誇る種々の花々を見て、ライアは、育てている人の優しさが滲み出ているようだと思った。
クローブは正面玄関に向かおうとしたが、そんな彼の服の裾を、ライアが引き戻した。
「クローブ、あれ」
ライアは庭先を指差している。その先には、花々に隠れるようにしてハサミを動かす人の姿があった。
年のころは四十代前後で、伸ばし放題にしたような長髪を、後ろで軽く留めている。
粗末な身なりに身をやつしてはいるが、服の袖から覗いているたくましい腕や、がっちりとしすぎる程の肩幅から判断して、以前に兵士だったという目的の人物に、おそらく間違いないだろうと二人は思った。
歳の割には深く刻み込まれ過ぎている顔の皺。そして、やはり歳の割には多めの白髪が、容易でなかったであろう彼のこの十年という歳月の重みを生々と語っているように見えて、二人はしばらく言葉なく佇んでいた。
「いつまでそこにいるつもりだ」
こちらに気付いた様子など微塵もなかったのに突然声をかけられ、二人は仰天した。
しかも、その凍りつくような声音は、「招かれざる客」へと向けられたものだ。
続けて人間不信を顔に貼り付けたような冷たい瞳を向けられて、ライアはすくみあがった。
「あんたがジュスイ=ドアか」
怯んでしまったライアに代わって、クローブが、やや緊張気味に声をかける。
「お前たちは誰だ」
男は聞きながら、敵を射抜くような視線を向けてくる。
「あんたにちょっと聞きたいことがあって来たんだ」
「俺はお前のような奴に用などない。とっとと帰れ」
「いや、用があるのは俺じゃなく、こっちの娘だ」
「同じことだ。俺には用がない。帰れ」
口調は静かだが、頑としてこちらの話に耳を傾けようとはしない。しばらく押問答を繰り返したが、全く取り付く島がない。ふと、クローブが思い出したように手を打った。
「おいライア、例のものを出せ」
「えっ?」
ライアは一瞬戸惑った。「例のもの」というのが、あの父の短剣だということにはすぐに気付いた。だが、「むやみにちらつかせるな」という鍛冶屋の言葉が、脳裏を横切ったのだ。
ライアの心を読んだように、クローブが耳もとで囁いた。
「こいつはジュスイに間違いないだろうし、話を聞いてもらうには、もうそれしかない」
確かに、いっそクラークの身内だと伝えた方が、彼の場合はいいのかもしれない。あの短剣は、これ以上にない身元証明になるだろう。
ライアは思い切って、鞄の中から短剣を取り出した。
「!」
ライアの手元にある短剣に目をやった男が、明らかに動揺するのがわかった。
「その剣は……」
信じられないものを見るような視線を短剣に注いでいる彼の瞳に、瞬くうちに、別の光が宿り始める。
「何故、お前がその剣を持っている」
男の言葉は、短剣を持ったライアに直接向けられている。
頷くクローブに励まされるようにして、ライアは、恐る恐る口を開いた。
「この剣は、私の父のものかもしれないんです」
「父だと? まさか、お前、ライアか?」
男に突然名前を呼ばれて、ライアは目を見開いた。
「そうだ、ライアだ。間違いない」
男は感激のあまり、手にしていたハサミを地面に落とした。それを拾おうともせず、目を細めて近寄ってくると、まるで、実の父親のように、ライアを優しく抱きしめたのだ。
あのクラーク=フレノールがライアの父親であることは、もう疑いようがなかった。