三剣の邂逅
2
日が沈んで、室内の照明が、紅い西日から机の中央に置かれた燭台へと移った。
ほとんど人のいなくなった文書館の中で、クローブとライアのめくる書物の音だけが、規則的に響いている。
「おい、あったぞ」
「見せて!」
ライアは、クローブの手から本を受け取ると、机の上に散乱している書物をかき分けて空けたスペースに、その本を置いた。
いかにも事件(主に犯罪の)を扱ったものらしく、黒々とした固い表紙がついているそれの、手にかかるずっしりとした重みは、まるで罪の重さそのものであるかのようだ。
高鳴る気持ちを抑えて、クローブが紐を挿んでくれていたページを開く。早く真実を知りたいという焦りと、中を見るのが怖いという恐怖が入り混じって、指が震えた。
記録の日付は、今からちょうど十年前。書かれている内容は、要約すると次のようなものだった。
『その当時の国王で被害者の名は、クリフ=ウォーロフ。カルーチア国代々続いてきた王族、ウォーロフ家の一人で、第十三代目の王に当たる。
事件当日は、王弟、アーロン=ウォーロフと共に、城近くの山、アスノンに狩に出ていた。供は、王の側近三名と王弟の側近三名。計八人という少数での外出だった。
狩場が山中腹に差し掛かった頃、突如山腹に潜んでいた複数の男が、王に向けて矢を射掛けた。たまたま近くで野外訓練をしていた、王弟直属の兵士十人が騒ぎに気付いて駆けつけ応戦したが、王は亡くなってしまった。
後に、この国王暗殺事件は、その場にいた王の側近三名のうちの二名によるものだったことが判明。この二名は、王の襲撃が、彼らの陰謀によるものだと気付いた王弟たちに討たれ、事件現場で死亡。死後二人は国犯の烙印を押され、その家族は国外追放処分を受けた。また、クリフ王には子供がいなかったため、王弟、アーロンが第十四代目として即位した』
この文書館は、あくまで民間向けのものだ。よって、書かれている情報量や内容にも限界があり、王暗殺時の詳しい様子や事件現場の状況、事後処理といった細かいことは一切載せられていない。
しかし、ライアには十分すぎる情報が、この中には含まれていた。
「おい、どうした?」
ライアの横から本を覗き込んでいたクローブは、隣で本を見つめていた彼女の様子がおかしいことに気が付いた。
震えるライアの細い指が、本の紙面を、たどるように動いていく。
一ヵ所に止まった指先の文字に目を向けると、そこには、王の側近であり、王暗殺の犯人でもある二人の男の名が記されていた。
イアン=コルバート。
クラーク=フレノール。
ライアの指は、後者の人物の上で止められていた。
「おい、まさか」
「……父さんと同じ名だわ」
ライアの声は、消え入るように小さい。
「お前の父親、クラーク=フレノールっていうのか。間違いないのか?」
確認口調のクローブに、ライアはわずかに頷く。
「この人は、私の父さんなの? 違うよね。父さんは王様を殺したりなんか、王様を……」
「しっ」
感情が高ぶり、声を荒らげそうになったライアを、即座にクローブが制する。
「落ち着け。まだわかんないだろ。ただの同名かもしれない」
「でも!」
「だから落ち着けって」
クローブは両手でライアの肩を優しく掴んだ。
「まだ決まったわけじゃない。そう早まるな。それに、お前が信じないでどうする? 家族なんだろ」
「家族……」
家族という言葉に、ライアはある種の反応を見せた。その言葉に、今のライアがどんな思いを抱いたのか、クローブにはわからない。
ただ、一見少し落ち着いたように見えるライアの側で手際よく本を片付けると、片手でライアの肩を抱き、ゆっくりと出口へ促した。
「とりあえず今日はもう宿に引き上げよう。今見た事件記録で、少し引っかかることがあるんだ。そこんとこをもっと詳しく知りたい。少し頭を整理して考えてみよう」
気遣うようなクローブの言葉に、ライアは黙って頷いた。
日が沈んで、室内の照明が、紅い西日から机の中央に置かれた燭台へと移った。
ほとんど人のいなくなった文書館の中で、クローブとライアのめくる書物の音だけが、規則的に響いている。
「おい、あったぞ」
「見せて!」
ライアは、クローブの手から本を受け取ると、机の上に散乱している書物をかき分けて空けたスペースに、その本を置いた。
いかにも事件(主に犯罪の)を扱ったものらしく、黒々とした固い表紙がついているそれの、手にかかるずっしりとした重みは、まるで罪の重さそのものであるかのようだ。
高鳴る気持ちを抑えて、クローブが紐を挿んでくれていたページを開く。早く真実を知りたいという焦りと、中を見るのが怖いという恐怖が入り混じって、指が震えた。
記録の日付は、今からちょうど十年前。書かれている内容は、要約すると次のようなものだった。
『その当時の国王で被害者の名は、クリフ=ウォーロフ。カルーチア国代々続いてきた王族、ウォーロフ家の一人で、第十三代目の王に当たる。
事件当日は、王弟、アーロン=ウォーロフと共に、城近くの山、アスノンに狩に出ていた。供は、王の側近三名と王弟の側近三名。計八人という少数での外出だった。
狩場が山中腹に差し掛かった頃、突如山腹に潜んでいた複数の男が、王に向けて矢を射掛けた。たまたま近くで野外訓練をしていた、王弟直属の兵士十人が騒ぎに気付いて駆けつけ応戦したが、王は亡くなってしまった。
後に、この国王暗殺事件は、その場にいた王の側近三名のうちの二名によるものだったことが判明。この二名は、王の襲撃が、彼らの陰謀によるものだと気付いた王弟たちに討たれ、事件現場で死亡。死後二人は国犯の烙印を押され、その家族は国外追放処分を受けた。また、クリフ王には子供がいなかったため、王弟、アーロンが第十四代目として即位した』
この文書館は、あくまで民間向けのものだ。よって、書かれている情報量や内容にも限界があり、王暗殺時の詳しい様子や事件現場の状況、事後処理といった細かいことは一切載せられていない。
しかし、ライアには十分すぎる情報が、この中には含まれていた。
「おい、どうした?」
ライアの横から本を覗き込んでいたクローブは、隣で本を見つめていた彼女の様子がおかしいことに気が付いた。
震えるライアの細い指が、本の紙面を、たどるように動いていく。
一ヵ所に止まった指先の文字に目を向けると、そこには、王の側近であり、王暗殺の犯人でもある二人の男の名が記されていた。
イアン=コルバート。
クラーク=フレノール。
ライアの指は、後者の人物の上で止められていた。
「おい、まさか」
「……父さんと同じ名だわ」
ライアの声は、消え入るように小さい。
「お前の父親、クラーク=フレノールっていうのか。間違いないのか?」
確認口調のクローブに、ライアはわずかに頷く。
「この人は、私の父さんなの? 違うよね。父さんは王様を殺したりなんか、王様を……」
「しっ」
感情が高ぶり、声を荒らげそうになったライアを、即座にクローブが制する。
「落ち着け。まだわかんないだろ。ただの同名かもしれない」
「でも!」
「だから落ち着けって」
クローブは両手でライアの肩を優しく掴んだ。
「まだ決まったわけじゃない。そう早まるな。それに、お前が信じないでどうする? 家族なんだろ」
「家族……」
家族という言葉に、ライアはある種の反応を見せた。その言葉に、今のライアがどんな思いを抱いたのか、クローブにはわからない。
ただ、一見少し落ち着いたように見えるライアの側で手際よく本を片付けると、片手でライアの肩を抱き、ゆっくりと出口へ促した。
「とりあえず今日はもう宿に引き上げよう。今見た事件記録で、少し引っかかることがあるんだ。そこんとこをもっと詳しく知りたい。少し頭を整理して考えてみよう」
気遣うようなクローブの言葉に、ライアは黙って頷いた。