三剣の邂逅
「でも、この剣と父さんとの繋がりなんて、どうやって調べたらいいのかしら」
「そうだな。お前の家が農家だったら、もともと持ってた可能性は薄いかもしれないな」
「でも、仮に人から貰ったものだとしたら、簡単に元の所有者ってわかるものかしら」
「難しいだろうな。とりあえず、これと似たようなものを店で売っているか調べたらいいんじゃないか? そうしたら、買ったものかどうかぐらいはわかるだろ」
「そうね。でも兄さんの方はどうしよう」
「とりあえず、今はこっちを調べてみよう。もしかしたら、上手くいけば、兄貴の謎を解く手がかりになるかもしれん」
「わかったわ」
ライアとクローブは、それらしい店という店を片っ端から見て回った。
しかし、大きさや形は似ていても、国の紋が入った剣というものは、意外となかなか見当たらない。
探し疲れたライアが座り込んでいる間に、クローブが中央通りの裏手にある一軒の鍛冶屋を見つけてきた。専門家に実物を見せ、これがどういったものか聞こうという魂胆だ。
錆びれた扉を音を立てて開けると、カウンターで暇をもてあましていた二十歳ぐらいの青年が、愛想のいい笑顔を向けて近づいてきた。
「いらっしゃい。どんなご用件で?」
「この剣がどういうものなのかを知りたいんです」
ライアは短剣を取り出した。
「へー、ちょっと古そうだけど、ずいぶん立派なものですね。鑑定ですか」
「いや、そういうわけじゃない。こういう剣がどこで手に入るのかを聞きたいんだ」
クローブが横から補足した。
「どこで、ですか。似たような短剣ならどこにでもありそうだけど……あれ、でも国紋が入っているのは初めて見たぞ」
青年は、鑑定グラスを持ち出して、しきりに剣を眺めてはぶつぶつ呟いている。
が、呟いているだけで、これといった結論はなかなか得られない。
専門家の知識をもってしても、扱いかねる代物ということなのだろうか。
二人が途方にくれかかったちょうどその時、店の扉が開いた。
「あっ、父さんおかえり」
どうやら、店の主人が帰宅したようだ。青年に父さんと呼ばれた初老でいかつい顔の男性は、全身から厳格かつ気難しそうな雰囲気を漂わせている。それは同時に、鍛冶屋としての才覚と、積み重ねた経験の重さを推し量らせるようでもあった。
「むっ、客人か」
店主は、営業に向いているとはお世辞にも言えないような鋭い目を向けて、ライアたちを眺めた。
「うん。この人たちが、これと同じ剣を探してるらしいんだ。でも、ちょっと変わっててさ。父さんは見たことある?」
息子の脇から短剣を見た店主が、一瞬、怯えたような表情を浮かべのを、ライアとクローブは見逃さなかった。すぐに何事もなかったような顔になったが、心なしか、ライアたちを見る目に、鋭さが増したような気がする。
「あんたら、これをどこで手に入れたんだ?」
店主の、詰問するようなきつい眼差しに、ライアは縮こまった。まるで、自分たちが、何か悪いことでもしたかのような錯覚。だが、黙ってもいられない。
「これは……」
父の形見ですと続けようとした時、横からクローブが割って入った。
「これは、知人から預かったものなんだ。訳あってこれを元の持ち主に返したいんだが、どこの誰だかわからないから、いろいろ探し回っている」
クローブの言葉に、ライアは驚いて顔を上げたが、その表情を見て、とりあえず「ええ」と相槌だけ打った。
店主は少しの間、探るような目つきで二人を見ていた。いつの間にか、息子の方は店の奥に引っ込んでしまっていて、残された三人の雰囲気を一層重いものにしている。ライアは嘘を見破られるのではないかと内心ドキドキしていたが、顔には出さなかった。
「じゃあ、お前たちのものじゃないんだな」
店主が念を押すように言った言葉に、二人は揃って頷いた。
「それなら忠告するが、その剣の出所は突き止めずに、早々に立ち去れ」
ずいぶん一方的な物言いに、二人は、一瞬呆然と顔を見合わせた。
「どういうことですか?」
我に返ったライアが、思わず聞き返した。
「深入りするな、ということだ」
それだけ言うと、店主は二人に背を向けて、さっさと仕事に取り掛かり出した。
これ以上の会話を頑なに拒むその背に、クローブが声をかける。
「あのな、理由もなくやめろと言われても、そうですかって、簡単に引き下がれるわけないだろ。こっちも、遊びでこんな遠くまで来た訳じゃないんだ。納得いく説明が貰えるまでは、何度でも来るぜ」
「そ、そうよ。話してくださるまで、何度だって来ます!」
ライアもすかさず同意した。
これには、父の過去が懸かっているのだ。それに、もしかしたら、兄に繋がる道でもあるかもしれない。簡単に引いてなるものかという意地が、ライアにはあった。
しばらく思案顔で作業に取り組むふりをしていた店主も、この二人がそう簡単には諦めないと見てとったのか、あるいは、一刻も早く厄介者を追い出したくなったのか、渋い顔のまま振り向いた。
「仕方ないな、あんたらも」
なんでそんなにこだわるんだとぼやきながら、ほとほと困りきったように頭を振る。
「まあ、何も知らずにあの剣をちらつかせられちゃあ、こっちだって迷惑だ。よし。少しなら話してやる。ただし、俺から聞いたなどと口が裂けても言うんじゃないぞ」
恐ろしい目で睨まれて、ライアは反射的に大きく頷いた。
怯えたライアを見て、少しだけ表情を和らげた店主は、二人に側の丸椅子に腰掛けるよう言い、自分は立ったまま話し出した。
「あの剣はな、そんじゅそこらにあるものじゃないんだ。この国の紋が刻まれている短剣。それを持っているのは、この国広しと言えども三人だけだ」
「三人!」
二人の声が重なった。どうりで、どこへ行っても見当たらないはずだ。
「たった三人なら、持ち主を特定するのは簡単だな。一体どんな奴なんだ?」
「…………」
クローブの言葉に、何故か店主は答えない。いや、答えるのを渋っているように見える。
「なんだ? その三人を知らないってわけでもなさそうだが?」
「……あれはただの短剣じゃない。国王の心を分けし者にのみ与えられる、名誉ある剣だ」
「国王様の? すごい……」
ライアの、感嘆を含んだ言葉には耳を貸さず、店主は淡々と話を進める。
「その剣は、先代の王の時代に作られたもので、与えられたのは、当時の王の側近三名だ」
「ほー、間違いないのか?」
「ない」
クローブの言葉に、店主は初めて語気を強めた。
「間違えるはずがない。なんせあの国紋入りの三剣は、王に依頼されて、当時私が作ったものだからだ」
「あなたが?」
ライアとクローブは、驚きを隠せず、目を見開いた。
問題の短剣を作った男が、今、目の前にいる。
縁が偶然を呼ぶのか、偶然が縁を結ぶのか。まるで、運命の糸に手繰り寄せられているかのような、どこかうすら寒くさえある感覚が、二人の背中を走りぬけた。
「あんた、すごいんだな。そんな名誉なこと、どうして話すのを渋ったりしたんだよ」
さりげない疑問を投げかけるクローブを、店主は横目で睨みつける。
「すごくなんかない。名誉でなどあるものか」