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三剣の邂逅

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第三章 剣の秘密

   

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 宿から一歩外へ出れば、ヴィアレトの街は、目的のバーガスの噂話で溢れていた。
 皆が、至る所で自分の持ちうるバーガス情報をひけらかしては、事件の真相を言いたい放題推理している。怪しまれず次々と情報収集ができる、こんな好都合なことはなかった。
 ほぼ半日の調査で、予想をはるかに超える情報が集まり、バーガスという男の全体像が浮かび上がってきた。
 まず、彼は現国王直属軍の副司令官という地位にいたが、とんでもない出世組なのだそうだ。二十代後半で現地位へと就き、すでに四、五年。しかも、もともとは王弟の部下のほんの一兵卒で、ここ十年ほどで今の地位まで登りつめたのだというから驚きだ。
 彼が仕えていた王弟というのは、現国王のことで、当時は、まだ現王の兄が国王として在位していた。つまり、バーガスは前国王の代から現王の配下だったというわけで、そのことも出世に大きく響いているのかもしれない。
 着任当時は、人々の間で、バーガスの父親が城関係の実力者なので、コネと金にものをいわせたのではないかという噂が流れたこともあるのだそうだ。
 人格の方は、際立っての悪評というのは聞かないが、どこか人を見下したようなところのある者だったらしい。
 かといって殺されるほど恨まれるような人物かというと、極めてあやふやだった。
 その日集められた情報はここまで。肝心の、彼とランディとの関係に繋がりそうなものは、まだない。
 そこで、翌日、ライアとクローブは、バーガスの家まで行ってみることにした。
 バーガスの家は、同じヴィアレト内でも、ライアたちのいる地区よりずっと中心部に近いところにある。
 ここまでは、まだ今までの兄探しでも足を伸ばしたことがなく、二人は朝早くから出かけて行ったのだが…………空振りに終わった。
 子供のいないバーガスの唯一の身内は妻だけだったが、その妻が不在だったのだ。彼女は夫の遺体に付き添って城にいて、いつ戻るかまったくわからないという。仕方ないので、せめて、近所で噂だけでも聞こうと試みたが、これまた虚しい徒労に終わった。
 その辺り一帯の土地主でもあるトラメット家についてとなると、皆口が重く、見ず知らずの二人に、ほとんど何も語ってはくれなかったのだ。
「やれやれ、まいったな。まさか近所があれほど警戒心が強いとは」
 ライアも横でため息をついた。
「口は災いの素って言うし、余計なことを言うと住みずらくなるのよ、きっと」
「まあな」
 離れた場所で好き勝手な噂が飛び交っているのは、所詮、人事ということなのだろう。
「だが、住民性ってのも多少はあると思うぜ。現に、昨日聞き込みをした辺りじゃ、かなり近場の噂話だってちゃんとしてたしな。まぁ、内容は馬鹿げてたが」
 クローブがライアを横目で眺めた。
「お前は聞いたか? あの幽霊話」
「あら、クローブも聞いたの? あの話」
 ライアは、カナリに聞いていた話を思い出しながら尋ねた。
「ああ。バーガスの話題に混じって、ちらほらとな。信じているのはもっぱら子供だけ、なんて、わざわざ前置きしてまで話すんだぜ。あんな信憑性のない話題でも、ないよりいいのかね」
 やはりクローブは幽霊を信じてはいないようだ。カナリと話した通りだと思い、ライアは少しおかしくなった。
「何にやにやしてるんだ?」
「あっ、気にしないで。でも、気の毒だったわよね、あのご主人」
「まあ、気の毒には違いないが、川に落ちるなんて、酔ってでもいたんじゃないか?」
「えっ、川? なんのこと?」
「なんだ、聞いたんだろ? 確かアンリ=トロールとか言ったか。橋を渡った向こうの大きな屋敷に住んでる高級官吏が、夜自宅に帰る途中、間違って川に落っこちて、危なく溺れ死ぬところだった。運よく通りがかった人に助けられたが、何故かそれから引きこもり状態。どうもそいつが、川に落ちる直前に幽霊を見たらしい、ってやつだよな?」
 ライアはふるふると首を振った。
「私が聞いた話と違うわ。私が聞いたのは、国一番の武器商人が幽霊を見て、それから寝込んでるって話よ」
 クローブが呆れたように目を見開いた。
「他にもあったのか。一体どこからそんなしょうもない噂が出てくるんだ」
「その人が見たのって、やっぱり赤ちゃんを抱いた女の人の幽霊なの?」
「んっ? ああ、そういえばそんなこと言ってたな」
「じゃあ同じ幽霊かしら? クローブが昨日聞いたということは、そっちの話の方が新しいのかもしれないわね。ということは……これで二件目?」
「同じ話かもしれないぞ。回り回っている間に、話が変わってきたんだろ、きっと。噂なんてそんなもんだ」
「そうかしら?」
「そうだ」
 クローブはそこでこの話を打ち切ってしまったが、ライアはなんとなく気になって歩きながらもしばらく考えていた。
 そのためか、最初に「それ」に気付いたのは、当人のライアではなく、クローブだった。
「おい、あれ」
 急に立ち止まったクローブが、正面に見える建物を指差した。
「?」
 指先にあるのは、周りの色彩豊かな建物とは対照的に、白一色で塗り込められた殺風景な建物だ。
「あれって、確かお役所よね。本で見たことがあるわ」
 規模は様々だが、少し大きめの町には必ず存在する、行政を補佐する役所だ。
「ああ、その通りだが、俺が言ってるのはあの旗のことだ」
「旗?」
 ライアは不思議そうに、建物の上に立っている三本の旗に目を向けた。
 旗にはそれぞれに意味がある。
 左端の旗は、黄色い地に大きく何かの花が描かれていて、その中央に塔のようなものが刻まれている。黄色い旗は、その役所がある町や都市の名を表し、花はそのシンボルが描かれている。さらに、その中央に塔が刻まれている場合、それはそこが首都であることを示している。
 右端の旗は、羽の絵が入った緑色の旗。これは、この建物が公共の役所であることを意味している。
 そして中央。赤く特に目立つ作りになっているこの旗には、その国の紋が刻まれている。
「あの旗がどうかしたの?」
「お前、気付かないのか」
「気付くって、何が」
「あの中央の旗だよ」
 クローブがじれったそうに言った。
「中央? そう言われてみれば、どっかで見たようなデザインだけど……」
「はぁー。お前、観察力ないな」
 クローブは、もういいというように脱力した。
「剣だよ、剣。お前が護身用として持ってた剣に、あれと同じ紋が刻まれてなかったか」
「あっ、そういえば」
 ライアは急いで、鞄から短剣を取り出した。
「ほんとだ……」
 手元にある剣と旗を見比べて、初めてライアは、この剣に刻まれているのが、この国、カルーチアの国紋と同じものだとわかった。
「えっ、でもどうして」
「俺に聞くなよ」
 クローブが、困ったようにがしがし頭を掻く。
「だけど、これで兄貴だけじゃなく、お前の家族とこの国との繋がりが出てきたな。その剣がお前の父親のものなら、買ったにしろ貰ったにしろもともと持ってたにしろ、この国とは何か関係があるってことだろ」
「そういうことになるのかしら」
 確かに、兄との接点を探しに来た国で、父との繋がりがでてきたのだとしたら、これは偶然とも思えない。
作品名:三剣の邂逅 作家名:夢桜