三剣の邂逅
「いいのいいの。こんなのいつものことだから。接客の基礎も心得も接客から! 自分の目で見て、感じて、考えて、体で覚えるのが一番。父さんも母さんも、私がどうやったら一番学びやすいか知ってるから、結構好きにさせてくれてるし」
「そうなの。素敵なご両親ね」
「うん。実の親じゃないけどね。本当の両親は死んじゃったから」
あっさり返ってきた返答に、ライアは、すぐに次の言葉を継げなかった。
「…………ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
カナリが不思議そうに、それでいて、妙に理知的な瞳で問いかける。
「あたしがこの話をすると、みんな判を押したように揃ってごめんなさいって言うのよね」
「それは……辛い思い出を思い出させてしまうから……」
「触れられたくない話なら、最初からしないよ。あたしの両親はね、あたしが二つのときに事故で死んじゃったの。だから、あたしには産んでくれた両親の記憶も思い出もまったくない。思い出して悲しくなるようなことも一つも。それに、本当の両親が死んじゃったことは、もうどうしようもないじゃない。いないものはいないんだもの」
それは確かにその通りだが、大人でも難しいことを、こんな年齢の少女が、そんな簡単に割り切れることだろうか。
「今の父さんと母さんはね、友だちの持つ、血の繋がった親となんにも変らないよ。悪いことをすれば怒るし、危ないことをすれば心配するし、いつもいっぱい笑ってくれる。あたしは、そんな父さんと母さんが世界で一番大好き。悲しんだり、負い目に感じたり、まして可愛そうなことなんて、何一つないわ」
だからこの事実を隠そうとはしないのだと、そう言って胸を張るカナリの、曇りのない笑顔を見て、ライアの心は小さく痛んだ。自分よりも幼い少女が、優しいとは言えない現実ときちんと向き合い、受け入れ、血の繋がらない家族にも、なんの不安も抱いてはいない。それに対して自分は……。
思わず浮かんだ自嘲の笑みは、何かを思い出したようなカナリの、あははという笑い声に隠された。
「でもこの間、真夜中に黙って出かけたのがばれた時は、さすがに追い出されるかとびくびくしたけど」
「真夜中?」
「うん。すごく怒られた」
「それは怒るわよ。一体そんな時間にどこへ行ってたの?」
「肝試し」
カナリは偉そうに胸を張った。
「幽霊騒動の正体を見極めようとした、勇気あるメンバーの一人だったのよ、あたし」
「幽霊?」
突拍子もない言葉に、ライアはそれまでの深刻な思考はどこへやら、思わず声のトーンを上げた。
「うん、幽霊。正確には、幽霊の呪い?」
「そ、そんなものがこの町にはいるの」
疑いと好奇心に満ちた瞳のライアを見て、カナリがにっこりと微笑んだ。
「信じられない? でも、興味はあるよね」
「ええ、もちろん」
即答したライアに、カナリが満足げに頷いた。
「よかった。町の大人たちは、皆信じないどころか、興味もないみたいだから。ライア姉さんもそうだったら、話になんないじゃない?」
「どんな幽霊なの?」
「女の人の幽霊だって。しかも赤ちゃんを抱いた」
「赤ちゃん?」
ライアが首を傾けた。
「そう、いわくありげでしょ?」
「それっぽすぎて怖いわね。本当にいるなら」
「だからそれを確かめに行ったのよ」
カナリが少し声を低めた。
「ここから広場を挟んで反対側の所にね、この国一番の武器商人の家があるの。そこのご主人、サム=オズレイって人が、その幽霊の目撃者。太ってて、いつも怒ってるし、あたしはあまり好きじゃないんだけど、その幽霊を見てから体調を崩したらしいよ。まぁ、ひとえにそれだけとも言い切れないけど」
「どういうこと?」
「最初に体調を崩したのは幽霊を見た後かららしいんだけど、病気がひどくなったのは、町の噂のせいもあるみたい」
「噂って?」
「幽霊を見たなんて、あそこの主人は頭がおかしくなったに違いないって。皆そう言ってる。そんな心労も重なってか、もともと体が強い方じゃなかったのに、すっかりやつれて、食事も食べなくなって」
「まあ……」
ライアは、気の毒そうに顔をしかめた。
「ね、さすがにかわいそうでしょ。でさ、町の人の誤解を解くためにも、あたしたちがその幽霊の正体を見極めようっていうんで、あの日、オズレイの自宅に張り込んだの」
「それで?」
「全然ダメ。ジムが……あっ、ジムっていうのはあたしたちのリーダーなんだけど、ご主人が幽霊を見たのは月が出てない日だ、なんていうもんだから」
「月が出ていなくても、幽霊は現れなかったのね」
「うん。そもそも月なんて関係ないんだよ、きっと」
カナリが口を尖らせた。
「最初は六人で行ったんだけど、だんだん根を上げて帰っちゃう子が出てきて。しょうがないからあたしも帰ったの。窓から入ったら部屋に母さんがいたのは、計算外だったけど」
カナリが軽く肩をすくめてみせたのを見て、ライアも自然と微笑んだ。
「でも不思議な事件ね。本当のところはどうだったのかしら」
ライアは大いにこの話に惹かれて考え込んだ。
「うーん。同じ所には出ないのかなぁ。それとも、やっぱりご主人の勘違いか。ライア姉さんはどう思う?」
「そうね。でも、火のないところに煙は立たないって言うし、そのオズレイ氏のところに幽霊が出たのなら、何か意味があるのかもしれないわね」
真面目に答えるライアに、カナリは嬉しそうに抱きついた。
「やっぱりライア姉さんは話がわかる! クローブなら、きっとこうはいかないよ」
「ふふ、そうね。クローブはこういうこと信じそうなタイプじゃないわね」
クローブは、のほほんとした性格の割には、妙に現実主義的なところがある。ライアは、呆れたような顔のクローブを思い浮かべて、微笑んだ。
クローブは約束通り、月が真上に上がる前には戻ってきた。
寝衣にも着替えず待っていたライアと、一度は寝たふりをしてこっそり忍んできたカナリの、いろいろな意味で鋭い視線に、クローブは苦笑する。二人が詰め寄った。
「それで、どうだったの? 何かわかった?」
「まぁ、それなりにな。まず、カナリが見たのは間違いなくランディみたいだ。遊廓の女の話じゃ、容貌もお前から聞いていたのと同じだったし、服の中に、そのペンダントと同じものをつけてたらしい」
クローブの言葉に、カナリは得意げに頷き、ライアは身を硬直させた。
「それで、その、兄さんは……」
ライアの不安を感じ取ったクローブは、軽い笑顔を向けた。
「心配すんな。どうもランディの目的は、女じゃなかったらしい」
「ほんと?」
「ああ。綺麗な顔してるのに、体調を理由に酒と話しかできなかったって、さんざん愚痴を聞かされたからな」
ライアは肩の力を抜いた。
「よかった……」
今は兄の身の潔白(?)が、何よりも嬉しかった。
しかし、ほっとしたのもつかの間、すぐに別の疑問が頭を過る。
「えっ、でもそれじゃあ、兄さんはなんの為にあんな所へ行ったの?」
クローブが急に顔を引き締めた。
「それなんだが、どうもランディはあの遊廓で女に、ある人物のことを詳しく聞きたがったみたいなんだ」
「ある人物?」