なんでも治す薬 一、
買い物の帰り道。五分程歩いて、商店街の曲がり角に差し掛かった、その時でした。
「お母はん」
急に呼び止められ、お母ちゃんはびっくりした様子で振り向きました。かなちゃんも、一緒に止まってそちらを見ました。
すると、机の前に、一人の太ったおじさんが、座っていました。お父ちゃんよりもだいぶ年上でしょう。髪の毛のところどころに、白いものが見えます。
「娘はん、病気しはっとんでっしゃろ? マスクなんかつけはって」
「あぁ、はい。こないだから、インフルエンザになっとって……」
「そうでっか。それは、大変でんなぁ。
ほな、これはどうでっか? 」
おじさんは、机の上にあったびんを手に取ると、こちらに差し出しました。キャップやラベルのデザインが、ずいぶん古そうです。
「これは、どないな病気でも治る薬です。
娘はんの病気なんど、一発で治りまっせ」
「ほんまですか! 」
かなちゃんは二人の間に割って入りました。
「もちろんや」
おじさんはにこやかに答えました。
「お母ちゃん、これ買うてぇな! これ飲んだら、かなの病気も治るんやで」
「そうですわ。これで治らへん病気なんど、何一つかてありまへんで」
「へぇえ」
お母ちゃんは目を丸くしました。
「なぁ買うてぇな! ちゃんと飲むさかい」
かなちゃんは必死に頼みましたが、お母ちゃんはさして気にしない様子で、おじさんに言いました。
「まぁ、考えときますわ。ほな」
(えぇっ、買うてくれへんのん!? )
かなちゃんはがっかりしました。お母ちゃんの「考えときますわ」は、その気がないという意味なのです。
おじさんの方を何度も振り返りながらも、かなちゃんは、さっさと歩いていくお母ちゃんについて、家路を行くのでした。
作品名:なんでも治す薬 一、 作家名:LUNA