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狂言誘拐

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 岩手の会社は大津波に流されてしまったことが、その後わかった。殆ど無一文の彼は山陰から北陸へ、ヒッチハイクで移動した。
「金沢のサービスエリアで、一見粗野な印象のひとの車に乗せてもらいましてね、そのひとの家で一晩お世話になったことが、忘れられません。そこは名古屋でしたが、奥さんがいいひとで、凄い御馳走をしてくれました。そのあと十日ぶりに風呂に浸かったとき、被災者のひとたちに悪いなあ、と思いました。驚いたのは翌朝、その可愛い奥さんがワーゲンで名古屋駅まで送ってくれて、そのとき二万円貸してくれたんですよ。これで鎌倉まで行けるでしょ、って云って、泣いてくれました。ぼくも涙が止まらなくなって困りましたよ」
 金沢から名古屋までヒッチハイクで移動し、新幹線で小田原まで戻ってきた。小田原から在来線で鎌倉まで辿り着き、亜矢子の豪邸へ行って車の返却を求めた。元タクシーの車両だった小野寺の車は、大津波によって宮城で流失していた。小野寺は亜矢子の家にあったボルボを、名義変更してもらって譲り受けた。
「あの、駐車場にあったボルボは小野寺さんの車なんだな。タクシーよりはかなりいいんじゃない?」
「微妙に調整できる電動シートアジャスターがあるところが気に入りました」
「それだけ?パワーもかなり違うんじゃないの?」
「でも、燃費が悪いんです。ハイオクを入れなきゃいけないし、大変ですよ」
「その車でドライブしてみたいな。どう?」
「車を貸すということですか?」
「そうじゃなくて……男ふたりじゃ、つまらないか……両親のことは誰から聞いた?」
 
作品名:狂言誘拐 作家名:マナーモード