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狂言誘拐

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「これはタクシーですか?」
「元、タクシーだった車です」
「まだしつこく電線が揺れてますね。大津波警報も、出ましたか?」
 後部座席の男たちは四方八方に眼を走らせている。
「最大六メートルだそうです」
「島野と云います。次の角を右へ、よろしくお願いします」
「そのあとは道なりですか?」
「はい。でも、今の地震は凄かったな。まともに立っていられないくらいでした。ついこの前もあったけど、今日のほうが全然凄かった」
「昨日じゃなかったっけ」
 そう云ったのは息子だった。
「昨日だったか?何だか頭がボケてきたみたいだ」
 道案内をされて五分後に着いた島野家は、比較的海に近い場所にあったものの、海面からは十メートル以上は高い場所にあるということだった。消防団員らしい貧相な男が、津波からの避難を呼びかけている。顔を歪め、急いで高台へ逃げろと、怒鳴るように云っている。
 道路を走って行くのは女性や子供たちが多い。消防車やパトロールカーもサイレンを鳴らしながら走っている。有線放送のスピーカーからも、避難するべきことを訴えていた。中野は最近見た悪い夢を思い出している。
 
作品名:狂言誘拐 作家名:マナーモード