狂言誘拐
中野はいい気分ではなかったが、よく云われることなので無視し、亜矢子の手から財布を受け取った。券売機にそこから千円札を出して挿入し「二枚」と「天玉蕎麦」のボタンとを押し、食券を機械の下から取って亜矢子に渡した。そのあと釣銭の硬貨を財布に入れ、それも亜矢子に返した。
「立食パーティーってありますよね。何で立ち食いパーティーって云わないんですかね」
亜矢子は黙っていた。そこで急いで食事を済ませ、亜矢子は店の外に飛び出した。中野は店の床に落ちている運転免許証に気付いて拾い上げ、財布から落ちた亜矢子のものだと知ってジーンズのポケットに突っ込んだ。
緩衝材を積んだ元タクシーは、浄土が浜を目指して道を急いでいた。
亜矢子の携帯電話に誰かから着信した。長い通話ではなかった。中野には相手が気になった。
「ほんとう?間違いなくそう書いてあるのね?……わかった。……ええ、そうしてちょうだい」
そのあと携帯電話の通話を切断したのは、相手の方だったようだ。亜矢子は茫然自失といった状態に見えた。
「新聞か何かに、凄くショックなことが掲載されていたんですね」
「……そうじゃないわ。郵便よ。この前、或る人に勧められて、優奈のDNA鑑定を病院に依頼したのよ。その結果を今、家から報らせてきた」
「守衛さんからですか?誰が父親か、はっきりしてなかったんですね。あっ、尾瀬が原!じゃなくて大失言。ごめんなさい」