狂言誘拐
「ばかなこと云ってないで、起き上がれるかどうか試してみて!」
「はい。中野二等兵、了解しました」
そう云って中野はあっさりと起き上った。
「どう?痛くないの?」
「……全然、まるで痛くないんですが、そうでした。腰が痛かったんでしたね。もう、腹筋運動したいくらいです」
「じゃあ、あと二百回ね……なんて云ってる場合じゃないでしょ。早く靴を履いて。お会計、お会計。どこかしら。早くしなくっちゃぁ」
病院から出ると中野は、四箇月後に正夢だったら嬉しい、と云って笑った。女子サッカーのことである。ふたりはその近くの立ち食い蕎麦屋に飛び込んだ。
「食券を買ってね。でも、大きいのはだめ。お昼に混んだから、千円札が不足してる」
パートで働いているのだろう、頭に手ぬぐいのようなものを巻いている、色の黒い高齢の女性が云った。
「やっぱり、両替しておいて良かった」
「ほんとうね。清さんってなかなか冴えてるわね。一見抜けてる感じなのにね」
「ほんとうだ。お姉さん、うまいこと云うわね」