狂言誘拐
金曜日
「犯人たち三人はね、ボートで海に出るって云ってるわ。私もそれに乗せるんだって……
そうよ。今日の夕方よ。わからないわ……場所は宮城県か岩手県の海らしいの……はっきりしたらまた連絡するわ……そのボートの近くに発砲スチロールの箱に入れたお金を落とせと……そう、ヘリからよ。それを実行しなかったら、わたしを海に突き落とすって云ってる。よろしくお願いします……ええ、大丈夫。今のところ無傷だからえっ……?銃?持ってる……わからないわ。ずっと目隠しされてるんだから。警察には連絡してないでしょ?……そう。良かった。はい。じゃあ、お願いしますね」
時刻は朝の九時過ぎである。走る車の助手席で、夫に電話した亜矢子の声は、震えていた。顔色も悪い。彼女は通話がおわるとすぐに携帯電話の電源を切った。
「迫真の演技でしたね」
「相手が夫でも、緊張したわ。少し寝ようかな」
「警察に相談したかどうか、それが一番気になりますね」
「警察には連絡してないって、云ってたわ」
「そうですか。でも、信用できませんね」
「そうよね……ねえ。どのボートかすぐにわかるように、目印になるものを用意しておくように云われたわ」
「目印?そうか。広い海の上ですからね……そうだ。こっちも発砲スチロールにしましょう。沈んでしまったら目印になりませんからね」
「発砲スチロールの箱を幾つか浮かべても目立たないでしょう。ヘリから発見してくれないと意味ないわ」
「箱じゃなくてポテトチップです」