狂言誘拐
仙台の駅前を歩いていると、街全体に空調が入っているように感じた。空気が「硬い」という印象も芽生えた。沖縄のそれとは、まさに対照的だった。
「泡のお風呂でした。お湯のなかでいろんな光に包まれて、きれいだったわ」
二日続けて湯あがりの亜矢子を見ることになったと、中野は思った。
「へえ。そうなんですか。マッサージ効果を期待できそうですね」
「宮城の病院にね、優奈は入院してるの。明日会いに行く時間ないかな」
「大仕事が済んでからですよ。手術が成功して元気になったら、優奈ちゃんと一緒にディズニーシーに行きましょう」
「それはだめ。さて、少しは食欲がでてきたかな。出前、注文しておきましょうか?」
「そうですか。じゃあ、かつ丼をお願いします」
「かつ丼?好きなの?」
「かつ丼とタンメンは割と当り外れがないんです」
「そう。お昼に食べた牛丼もそうでしょう」
駐車場がある牛丼のチェーン店に入ったのは、テーブル席もあったからだった。カウンター席ではお見合い状態になり、万が一誘拐事件の被害者として亜矢子の顔がテレビのニュースで流されていたなら、もはや万事休すということになってしまう。
「うなぎはどうですか?あまり高級な店には入ってませんけどね。牛丼はチェーン店じゃないところのほうが美味しいんです。値段も違いますけどね。じゃあ、私も泡につつまれてきます」
「はい。ごゆっくりどうぞ」