狂言誘拐
「海が素晴らしくきれいでしょうね。じゃあ、ふたり分の竿と仕掛けと、餌をもらって海に出ましょう。本当は私も餌に触るのは好きじゃありませんけどね」
「絶対にわたしは触らないわ。ところで、いつの話?」
「明日かな?亜矢子さんの旦那さんと、連絡ができてからのことですよ。明日の朝、ここを出るときに、最初の電話連絡をします」
そう云うと、中野の身体を急に緊張感が走った。
「いよいよね……『明日に向かって撃て』という昔の映画のDVDを、この前観たの。知ってる?」
ふたりは車を出て荷物を出し、それぞれが持って和風の建物に向かって歩いて行く。
「レンタルで?あなたがそれを観たことなんて、知ってるわけないでしょうが」
「じゃなくて、その映画のことよ」
亜矢子は笑顔になっている。
「ちょっと恥ずかしいような気もしますけど、ロードショウ公開のとき、映画館で観ましたよ」
中野も笑顔になった。
「そうなんだ。ふるいひとなのね」
「すみませんね。私は超ふるい人間ですよ」
「誰と一緒に?」
「ずーっと昔に、一応、女性と観ました」