狂言誘拐
木曜日の夜
いつの間にかこんなところまできてしまった、という感じだった。気がつけば、ふたりを乗せた車は栃木県の上の方にまで入っていた。昼食以外には、休憩をすることもなく、北上を続けて来た。東京と埼玉とは、随分違う風景だったような気がした。
建て物の大きさだけではない、何かが違っていた。埼玉も栃木も、空き地が多い。日本は狭い国だといいながら、未使用の土地は非常に多い。
既に夕刻になっている。郊外の半ば耕作地帯を、車は快調に走っている。田畑に挟まれて拡がる新興住宅地や、雑木林が点在している。送電線の鉄塔が並ぶその奥に長く、山脈が連なっている。聞いたこともないショッピングセンターや、日帰り温泉の看板が眼に入る。そして、空が大きい。実にのどかな印象だ。東京やその隣接区域の、人の神経をすり減らす風景とは、あまりにもかけ離れている。
「神奈川から離れ過ぎると、お金を受け取りに行くのが大変じゃない?」
「でも、ヘリがあるんですよね」
「そうね。ジェットヘリだから、場所を指定すればあっと云う間に飛んでくるわ」
亜矢子が笑うと中野もつられて笑った。どんなに辺鄙なところでも、上空から現金を投下してくれればいい。
回収した身代金を運び去るときの気分を想像するだけで、中野は興奮した。それが成功したら、それ以上に爽快なことはないように思う。
「だけど、回収したあと、追ってこられたら困ります。その面ではカウンタックのほうがよかったなぁ」