狂言誘拐
「どんな内容のものがお好きなのかしら」
「殺人シーンや死体の描写が苦手なもので、それ無しの推理小説が理想です。でも、なかなかありませんね。それで、よせばいいのに書いてみたりしています」
「あらぁ、お書きになるのね?」
「櫃まぶし、じゃなくて暇つぶしです」
中野がそう云うと乗客は色っぽく笑った。
「そのギャグ、わざとらしいけど面白かったわ」
「失礼しました。お客様は小説をお読みになりますか?」
「小説?最近は全然読んでないわ。でも、あなたの作品を、読んでみたいような気もするわね」
中野は自分のものはネット上で読めるのだと云い、サイト名とハンドルネームを遠慮がちに伝えた。
「ブログや写真も発表できる無料サイトです。会員数が二十万人以上と云われています」
「そういうのが流行っているのね。読ませて頂きます。殺人無しの推理小説……」
国道に出ると意外に交通量が多かった。だが、朝までには間があるので、大型トラックの数はさほどでもない。
「車内の温度は如何でしょうか?」
三月に入ったものの、弱めにヒーターを入れていた。
「大丈夫です。優しいのね」