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狂言誘拐

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「……そうか。まだ三月だから、雪が降ることもありますね」
「意外に多いのよ。三月の雪は」
「もう少し早く云ってくれたら、スタンドにあったかも知れません」
「引き返す?」
「どこかのカーショップで探してみましょう。スタンドは値段が高いんです」
 乗務員になって一年経った頃、朝の点検を忘れて途中でエンジンが止まり、ガソリンスタンドでバッテリー液を入れてもらったことがある。ガソリンスタンドでの販売価格はカーショップの三倍以上だった。
「天気予報は降らないって、云ってたわね」
 云われてみれば、カーラジオから男女のアナウンサーの声が聞こえていた。
「カーステレオがあったらCDを聴けたのに、残念だわ」
「でもね、車は走る凶器です。音楽を聴きながら運転するのはいいとして、走行中にCDを交換したり、選曲のための操作はするべきではありません。ラジオで充分ですよ」
 カーステレオの操作が、交通事故を誘発させた事例は多いだろう。走行中の携帯電話の使用も、絶対にするべきではない。
 戦争のない平和な国に生まれ、健康な身体を長い期間にわたって維持してきた。それでも、明日は生きていないかも知れない。車による移動は、常に危険な賭けをしているようなものだ。覚せい剤中毒者や、精神異常者の車が、対向車線から突っ込んでくることだってあるかも知れない。
 電車だって事故が皆無ではなく、いつ大惨事に巻き込まれるかも知れない。中野は滅多に乗ることはないが、航空機が墜落すれば、まず助からないだろう。山に行けば土砂崩れや転落事故に遭うかも知れないし、海や川では溺死することもある。
 
作品名:狂言誘拐 作家名:マナーモード