狂言誘拐
「車のバッテリーで充電できますよ。それ用のケーブルを持ってきました」
亜矢子も笑顔になった。
「清さんって、頼りになるわね。好きになりそうよ」
「私は既に亜矢子さんに『ほの字』かも知れません」
「嬉しいわ。うちの旦那はもう、全然冷たいの」
「不思議ですね。亜矢子さんのようなきれいなひとを」
「顔も見ないのが夫婦よ」
「それはね。心に刻み込まれているからでしょう」
「男のひとはね、仕事が伴侶なのよ。でも、妻はそのことに不平を云ってはいけないの」
「それは日本の場合でしょう。欧米では、日常的に妻に愛してると云わないと、離婚の正当な理由になるそうです」
「ところで、どこへ向かっているのかしら」
川沿いの道をさかのぼっていた。堤防の雑草の緑は、春になったことを告げている。
「ああ、今は思い出したLPGのスタンドへ向かっています。」
「給油してからはどこに?」
「そうですね。やっぱり、山が見えるところへ行きたいですね」
「きれいな湖を見たいわ。畔に花が沢山咲いている、すてきなところ」
「全てを満たす場所へ行きましょう」
「そうだ。海のほうがいいかな。美味しいお魚を食べたいもの」