狂言誘拐
「最後の乗務?どうして?」
「勤務時間中にパチンコを八時間やってクビになったんだって。だから私が十万円あげたら、お客様は神様ですって、喜んでたわ」
「あのまま鎌倉へ行って戻ってきたわけだし。それじゃあ、喜んだでしょうね」
中野は嫉妬してわざとそんな風に云った。
「三日前の朝、トイレに入りたくてパチンコ屋に行ったら、蛸の絵がずっと揃い続けてやめられなくなったんですって」
「それは、『海物語』じゃないかな?魚の群れや水着の美女を何回も見ながら、相当稼いだんですね。自前の退職金かぁ」
ひげを剃りおえた中野はコーヒーをふたつのカップに注いだ。
「無線タクシーはどこに車があるか、わかるそうね。それでバレたんだって。朝から晩までマージャンをやっていてクビになった人もいたらしいわ」
「だからね、私はそういうところには入りません。ドライブレコーダーはあるし車載カメラも二台ついてますからね。はい。コーヒー」
中野はテーブルにふたつのマグカップを置くと、ベッドに腰を下ろした。
「ありがとう。今朝は一緒に小野寺さんのタクシー会社へ行って、そこであの人の通勤用の車を借りて乗って来たのよ」
「そうですか。えーと」
「小野寺慎一さん。彼は電車で帰ったみたいよ、東北の実家へ」
「どう云って借りたんですか?車を」