狂言誘拐
「……」
「ほかにロールスロイスとかあるけど、目立つでしょう」
中野は顔にシェービングジェルを塗っている。
「それは目いっぱい目立つでしょう」
「みんなキイを旦那が握ってるから、どっちにしろ気軽に使えないの」
中野はひげを剃り始めた。
「車は使えないから……ヘリに乗って来たなんて……云わないで下さいよ」
「わたしは操縦できないもの」
「で、とにかく、車に乗って来たんですよね?」
「小野寺慎一っていう名前憶えてる?」
「さあ、わかりませんね。誰……ああ、そうだった。思い出しました」
「あの人、ちょっと抜けてるのね」
「スーパーまで行き帰りの彼が、何かドジやらかしました?」
「でもね、あの人が車を貸してくれるって」
「ということは、彼に喋ってしまったとか?計画を」
中野は、血相を変えた。
「喋ってないわ。あの人、昨日が最後の仕事だったのよね」
中野は半ば安堵しながら、自分が分け前の減少を怖れていたのかも知れないなどとは、思いたくなかった。