狂言誘拐
悲鳴を挙げながらも援けられて起き上った中野は、台所へ行って湯が沸くのを待つ。亜矢子は椅子に座ってパソコンの電源を入れた。どさくさにまぎれてくちづけでもすれば、計画は文字通りチュウシだったかな?などと心の中だけのダジャレで中野は笑った。
「なあに?ひとりで笑って」
亜矢子に見られたことを知って、
「困った時はわざと笑うと事態が好転する、と云ったのは中野清でしたね」
「ああ、だめじゃなかったのよ」
コーヒーを淹れてから、髭そりの準備を始めた。
「えっ?何でしたっけ?」
「車、車」
「車の手配ができたんですね。でも、だめだったとか……」
「自分のはだめだったの。カウンタック」
驚いた中野はゴム手袋を床に落としてしまった。
「えっ!ランボルギーニ・カウンタック?」
「そうそう。レモンイエローのね。旦那が友だちに貸したみたい。ランボルギーニ愛好会の友だちよ。多分」
ゴム手袋を装着した中野は、洗面器に新たに沸かした湯を注ぎ、おしぼりをその中にひたした。
「じゃあ、ベンツに乗って来たとか?」
「それは旦那の仕事用」
中野は熱いおしぼりを顔にあてている