狂言誘拐
「明るくなりはじめた夜明け前に、あの立派な門から堂々と出るなんて、そんな大胆なことできないでしょう」
「できるわ。脅迫状はまだ届いていないんだもの」
「そういうものではないでしょう。それに、守衛さんに阻止されませんか?」
守衛所の中が明るかったのを、中野は思い出していた。
「あれはね、照明をつけてるだけ。中に人が居るのは日中だけよ」
「昨日は門が開いたり閉じたりしてましたよ」
「家の門は携帯電話で操作できるの」
「そうなんですか。すっごい邸宅ですね。だけど、また出入りしたら旦那さんが黙っていないでしょう」
「いつも熟睡するひとだから大丈夫よ。昨夜も起きなかったみたいだしね」
「そうなんですか?」
「ええ。じゃあ、車を取りに行くわ」
「最初から車で出てくるべきでしたね」
「横浜駅の周りで駐車場に入れるには、すっごく時間がかかるのよ」
「行列に並ばないと入れないということですね」
「駅の周りにはもっと駐車場を作るべきだと思うわ」
「それは困ります。益々タクシーの利用者が減ってしまいますよ」
そのとき、自転車に乗ったひとりの警察官が、駐車場に入って来るのが見えた。