狂言誘拐
そこは吹きっさらしなので、コートを着ていても亜矢子は寒そうにしている。中野はダウンジャケットなので、それほど寒くも感じなかった。もう既に三月なのだ。
「あなたが犯人から脅迫されて連絡係りをさせられる、というシナリオですね?でも、受渡し場所を郵便で指定できませんか?」
深夜の駐車場でマスクとサングラスの男女は顔を寄せ合い、小声で話している。
「それだと指定した場所に、警察が張り込むわ」
「動き回る理由は、我々の居場所を警察に特定されないためですね。なるほど」
「だから発信する場所を常に移動しなければいけないというわけ」
「じゃあ、車がどうしても必要ですね。借りましょうか」
友人に頼めば中野は借りられそうな気がした。以前同じタクシー会社の仲間だった友人を、中野は思い出していた。
「あてがあるの?」
「うーん、やっぱり今は……」
友人に貸してもらうとしても、正直に事情を話せるわけではない。友人を裏切るようなことを、中野はしたくなかった。
「真夜中だものね。車が調達できなかったら、わたしの車を使ってもいいわよ」
「どこにあるんですか?」
「勿論、鎌倉の家にあるわ。ガレージに」