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狂言誘拐

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「道を憶えるのが大変でしょう」
「ナビがありますから何とかなってます」
「そうでしょう。ナビがありますからね。私は地理試験を二回受けましたけど、青森から出て来たひとが、十回落ちて青森へ帰ったという可哀想な話を聞きましたよ。今はナビがあるんだから、もう少し手加減するべきだと思いますね」
 急坂に入った。ぐるっと旋回してから交差する下の道に左折で合流する。そのあとは私鉄のガードの下の寂れた商店街を抜けて間もなく、目的地のスーパーの駐車場に到着した。亜矢子はタクシーの男に買い物が済むまで待っていてほしいと云い、一万円札を一枚渡した。中野はメーターを「支払い」にしておいてくれるように頼んだ。そうすれば時間メーターは停止する。深夜料金の場合は、四十二秒が経過する前に九十円づつ加算されてしまう。
 時刻はあと二十分で午前二時になろうとしている。中野はスーパーの近くに都合よく郵便ポストを発見して「速達」と書いてある右側の窓に投函した。
 いよいよ始まった。この先どんな展開になるのか、小心者の彼は不安になった。悩んだ挙句、うつ病になるのではないだろうか。以前、なりかかったことがあるので、それが心配だ。
「せっかくここまで来たけど、食料を買うのはやめましょう」
 亜矢子のそのことばに、中野は唖然とした。
「居場所を知られないために車で動き回りながら、わたしの電話を使って脅迫を続けるのよ。だって、脅迫状を送っても、電話で連絡を取り合わないことには、現金を受け取れないでしょう。ほかに手はないと思う……」
 
作品名:狂言誘拐 作家名:マナーモード