狂言誘拐
「続きが気になるわね。必ず読ませていただくわよ。ほかの作品も読んでみたくなったし、ところで、今は何時かしら」
「午前一時過ぎです。三時間も眠りましたよ」
「そんなに時間が経ったの!そうだ。明日からの食料は?」
「あの弁当屋は便利ですけど、近いからと云って頻繁に出入りしたら拙いでしょう」
「十時ころまで営業しているスーパーがあったのよね。失敗したわ」
「実はね、二十四時間営業のスーパーがありますから、そこで食料を調達することにしましょう」
「それは助かるわ。今頃なら誰にも見られないかも」
ふたりは先程より寒くなった屋外に出ると、銭湯へ行ったのと同じ道を少し歩き、ちょうど青信号に変わった交差点を急いで渡った。しかし、そこから流しのタクシーに乗るためには十分以上も待たされることになった。
漸く乗車すると中野はスーパーの名前を云ったが、乗務員の中年男は知らなかった。どこかの田舎から最近出てきた人間なのか、なまりがきつい。仕方なく中野が行き方を指図することにした。動き出して間もなく、広くて照明が明るい国道に右折で入る。やはり、景気の悪さが交通量を極端に少なくしている。まるで正月だと、中野は苦々しく思った。
右折してから十分後に、だだっ広くて長い橋を渡ることになる。左端の車線から、ループ状の急坂を下って行くように、中野は乗務員に云った。
「小野寺さんはどこの出身ですか?」
中野は乗務員証を見て云った。
「ぼくですか?東北の田舎ですよ」