狂言誘拐
「不揃いな大きさの字なのに、随分きれいに並べたわね。まっすぐ、一直線じゃないの」
ちらしの文字は片仮名が殆どだったので、電報のようなものになってしまった。
「昔、仕事でやってたことがあるんです。カレンダーの数字を並べたり……」
「そうなのね。誰にも得意なことがあるものね」
「文字にはそれぞれの中心があって、それを揃えて行かないとまっすぐには見えないんです。最近はそれがわかってない制作者が多くて、ひどい並びのカレンダーばかりです。
それにしても、亜矢子さんのカレーは素晴らしいです」
「明日も頑張って美味しいものを作るわね」
亜矢子は嬉しそうに云った。
「ありがたいですね。いつもインスタントラーメンばかりですから」
亜矢子は眼を丸くした。
「いいアイデアだわ。インスタントラーメン!わたし、まだ食べたことないの」
それを聞いた中野は驚いた。それから、うんざりした顔で云う。
「面白いジョークですね。外国人ならわかるけど」
「ほんとうよ。インスタントコーヒーも飲んだことないのよ」
「へえ。じゃあ、牛丼屋も立ち食い蕎麦も未経験?」
中野は眉をつり上げた。
「そうね、行ったことないわ」