狂言誘拐
「いやいや、これは美味そうですね。では……」
口にした刹那、別世界へ転送されたような錯覚に襲われた。
「おお!清、感激!」
中野は叫ぶように笑顔で云った。ずっと昔から、この女性と生活を共にしてきたような錯覚にも襲われた。それと同時に、濃密な懐かしさに、心を占領されてしまった。かつて迂闊にも喪った大切な何かを、取り戻せたような充足感が胸を熱くする。
「泣く程おいしい?大げさなこと云わないでね……でも、ほんとうね。美味しいわ。わたしって天才ね。初めてとは思えない」
中野は噴き出してしまった。
「ばかね!せっかくお掃除したのに!」