狂言誘拐
「そういうことね。くだらなくってごめんなさい」
亜矢子も顔を赤らめながら、まるで少女のように笑っている。
「櫃まぶしといい勝負ですね」
ふたりで苦笑した。
「こちらは切り貼りを始めますから。カレーライスをお願いします」
「わたしが作るのか。冷蔵庫の中の材料はどれでも使ってオーケーなのね?」
ずっと昔、仕事で使っていた薄手のナイロン手袋を両手にはめた中野は、ちらしを段ボールから取り出した。そのあと、亜矢子のダイヤらしいきらびやかなイヤリングを目に止めた。そして、彼女の魅力的な横顔を盗み見た。髪型もそうだが、航空会社の客室乗務員そのままの雰囲気だと気付いた直後、彼女の横顔は冷蔵庫の扉に邪魔されて見えなくなった。
目指す文字をちらしに発見すると、中野は鋏でそれを切り抜く。手袋のせいでかなりやりづらいのだが、指紋を付着させれば命取りだ。タクシーで培った忍耐力がここでものを云うことになった。貴重な乗客を求め、最長で四時間も走り回ることは珍しくない。
文字を貼る台紙として、プリンター出力用のものを使っている。最もポピュラーなメーカーのありきたりなもので、しかも買ったのは何年も前だ。どこかの家電量販店で入手したものであることは間違いないにしても、どこで買ったのかは憶えていない。そのときに応対した販売員が、かなり魅力的な女性であったような気もするが、その面影はもはや漠然としたイメージとして残っているに過ぎない。