狂言誘拐
中野は二年前に無理して買ったIHクッキングヒーターの上に、ずっと昔或る程度収入があったころに買った、外国製の超高熱伝導率のステンレス手鍋を置き、湯を沸かし始めた。そうするとコーヒーに必要な分ならば、二分以内に湯が沸くのである。
「あなたもたまにはお掃除しなさい。そうすれば、タクシーのお客様も増えるわ」
「そうですね。そう云われるとそんな気がします。生きる姿勢というか、そういうものが違えば、全体に良くなって行くのかも知れませんね」
「そうそう。あなた、意外に素直なところがあるのね」
「私の方が年齢はかなり上ですけど、亜矢子さんは若いのに、随分できたひとみたいな感じがします。はい。コーヒーです」
中野はテーブルにふたつのマグカップを並べてから、ベッドに腰掛けた。彼はまた赤面している。すぐ傍に美女がいるという状況に、まだ慣れていないのだった。
「あらぁ、もう淹れてくれたのね。ありがとう。どれどれ……あっ、意外においしい」
「そうですか。ありがとうございます。意外でした?」
「……さて、身代金の要求はどういう手段を使うといいかしらね」
「電話を使うなら、公衆電話から、ということになるでしょう。でも、最近は携帯の普及のせいで数が減らされてますからね、探すのが大変です」
「……郵便が安全だわ」