狂言誘拐
「要らないものがたくさんあるのね。そうじゃない?」
「そうですけど、棄てるには費用がかかりますからね。タクシーの給料では餓死しないだけで精一杯なんです」
本棚の整理を命じられた中野はすぐにそれを開始した。独りで暮らしていると、よほどのことがない限り、こんなことをする気にはならない。亜矢子は台所の掃除も始めたらしい。
台所の掃除のあと、亜矢子は床のぞうきんがけもしてくれた。それが済んでから、漸く彼女は椅子に座った。中野はベッドに座った。時刻は午後七時前になっていた。
「さて、やっと落ち着いたわね。今から作戦会議を始めましょう」
「その前にコーヒーでも淹れましょう。亜矢子さんのおかげで人が住む環境ができました。感謝していますよ」
中野につられたように、亜矢子はここに来て初めて笑顔を見せた。
「じゃあ、最高においしいコーヒーをお願いします」
中野は狭い台所に立って呆気にとられた。あまりにもきれいになっていたからである。
「凄いっ!見違えるようです。ここまでやってくれると、感動です!」
笑顔の亜矢子は無言のまま、中野を凝視めていた。