狂言誘拐
大掃除
窓の型板ガラス越しに、屋外の薄暗さが窺われる。時刻は午後四時を過ぎている。中野が家賃三万五千円の古びた木造アパートに戻ると、彼は慌てて部屋干しの下着類をタンスの中に押し込み始めた。
その十分後に鍵を開ける音がして、大きな荷物と共に亜矢子が入ってきた。彼女がそれを使ってドアを開けた鍵は、あの公園の中で中野が貸したものだ。そのせいで彼女は外から声を出さなくて済んだのである。中に入るとすぐに、亜矢子は騒々しく安普請の扉を閉め、中から押しボタン式の鍵をかけた。水道料金の徴収員がいつも無理やり開けるために、実は中から施錠できなくなっているのだが、中野はその事実を亜矢子には報らせるのを忘れている。
「お邪魔します。わっ!お掃除しないと駄目ね。せっかくの力作が台無しよ」