狂言誘拐
「いやなことばですが、種違いのお子さんということですね……そういう事情を、子供を作れなかった旦那さんに告白することはできないし、増してお金を出してもらうことなんて、どんな神経でもできませんね」
中野は興奮しながら云った。亜矢子は、はっとした表情を見せている。
「……どうしても子供が欲しかったの。夫の子は授かれなかったけど、妊娠したことがわかると、一年間海外留学したのよ。そんな姑息なことをして、産んだのが五年前。優奈と名付けたわ。凄く、可愛い子よ」
亜矢子と彼女の夫とは、当時から既に仲が悪かったのかも知れない。満たされない亜矢子は不倫に走って懐妊し、その挙句、心臓の悪い児を産んだのだった。『天罰』ということばを、中野は心の中で噛みつぶした。そして、何も知らずに妻を海外留学させた夫の顔を、見たいものだと思った。次いで、昨夜、レストランの前に立っていた男を思い出した。あの男がその子の父親だろうか。彼は案外、亜矢子の夫とも面識があるのかも知れない。そうであるならば、もう一度あの男に誘拐犯役を頼めと云っても無駄だろう。
亜矢子は急に泣きながら中野の左腕を掴んだ。
「あなたの気持次第で、天使のような優奈の命が助かるの。お願いです。引き受けてください」
「優奈ちゃん、という名前ですか……しかし、二億円もね。一万円札でも、相当の量でしょうね」
「その気になってくれましたか?」
亜矢子は中野の両腕を掴んで泣いている。こうなると中野も、この場を誰かに目撃されたらまずいと思い、提案した。
「今すぐ、ホテルへ行きましょう」
「えっ?!ホテル?」