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狂言誘拐

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「私は一応、あなたの過去と繋がりがない人間ですからね……しかし、二億円ですか。お金持ちの旦那さんを巧く騙せたとして、あなたはそんな大金を何に使うのでしょうか」
 亜矢子は恋人に貢ぐために、夫に牛耳られた財産の一部を奪回しようとしているのだ。中野は勝手にそう思いながら、念のため、という気持ちで訊いた。
「じゃあ、引き受けてくださるの?」
 亜矢子はサングラスの奥の眼を輝かせたような気配だ。
「そんなこと、引き受けるわけがない。これで二度目です。絶対に、お断りです!」
「わかりました。ごめんなさいね。おかしなことお願いして……」
 亜矢子はうなだれた。
「夫婦愛というものはですね、そう簡単には消滅しない。直接旦那様にお願いして出してもらうことはできませんか?心からの誠意を見せて、何とかしてもらってください」
 亜矢子は中野のそのことばで気を取り直したのか、急にサングラスを外して云った。
「急いでいるの……或る子供が、アメリカで緊急に心臓の移植手術を受ける必要があるんです……ほんとうは、海外留学という口実で、わたしが向こうで産んだ子よ。だから、特に主人には、絶対に知られたくないの!」
 最後の部分を、亜矢子は特に強調して訴えた。猶予を許さない緊急事態であることを、彼女のその美しい眼は訴えていた。
 
作品名:狂言誘拐 作家名:マナーモード