狂言誘拐
「驚かないでくださいね。わたしをね、誘拐して頂きたいの」
「誘拐?!」
中野はその熟語の意味を把握すると驚きを隠せなかった。
「声が大きいわ。誰かに聞かれたらどうするんですか」
周囲の様子を確かめてから、亜矢子は中野の耳元で「実はね、二億円が必要なの」と温かい息を吹きかけながら云った。
中野は体内に何かが走るのを感じた。
「二億円?!」
「だから、そんな声を出さないで!」
「聞き間違いだといいんですが、あなたを誘拐をして、要求する身代金が二億円ということですか?」
どうやら狂言誘拐という手段で、夫から莫大な金を騙し取ろうという話らしい。
公園内には観光客らしい数組が写真を撮り合ったりしていたが、ふたりのところからは数十メートルも離れていた。
「驚きました。めちゃめちゃ驚きました……こんなに驚いたことはありません」
「でも、どうか、お願いします」
中野の心臓の鼓動は急に早くなった。
「いやですよ。何を云ってるんですか。犯罪者になるのはいやです。そういうことは誰かほかの人に頼んでください。昨日一緒だったひと。彼はだめなんですか?」
「わたしの知り合いだと拙いから、運転手さんにお願いしているの!」