狂言誘拐
中野は、亜矢子の真剣なまなざしも魅力的だと思った。しかし、納得できなかった。
「みんなで私を騙したんですね。優奈さんの話は、作り話だったんですか?でっちあげ?」
「優奈はわたしの母と一緒に、向こうへ行ってるわ。ドナーとの関係で少し遅れたけど、わたしたちも、今日の夕方の便で行くのよ」
「じゃあ、今は手術中ということですか?」
「日本時間で明日の夜から、移植手術が始まるわ」
亜矢子は悲痛な面持ちで云った。
「そうですか。成功をお祈りしますよ」
「中野さんは絵も上手なんですか。だったら、タクシーのお客さんに絵を売ったらもうかりますね」
小野寺の発言は完全に座を白けさせた。
「……まあ、いきなり五千万を抱えさせて、もっと絵を描けというのは、無理な相談だと思って強硬作戦に出たが、想定外の天災に邪魔をされたという話だよ」
「ちょっと、質問させてください。亜矢子さんは大山さんの家の屋上から、救助されましたね。ヘリのひとはどうしてあの場所を、特定できたんですか?」
「わたしのペンダントに、超強力な発信機が仕込まれていたの。熊の生態を調べたりするためのものと、同じようなものを想像すればいいわ」
「だったら、あんな緩衝材なんか買う必要もなかったし、私が救急車で運ばれることもなかったじゃないですか」
中野はじっとしていられないような気持ちだ。