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狂言誘拐

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 「そうですか。根性の塊ですね」
 「俺は山梨で生まれた」
 「山があるのに山梨ですね。山梨の日帰り温泉は、五箇所くらい行きましたよ」
「三十年前のことだ。或るとき、産まれた家の裏山の崖で、登攀の練習をしていた。吹雪でもなかったが、かなり雪が降っていた」
「八ヶ岳の赤岳に、ロープを頼りに登るところがあるんですが、断崖絶壁ですよ。ああいうところでは生きた心地がしませんね。自分が高所恐怖症だということに気付いたのは、あそこでした」
 「聞いてくれ。崖で登攀の練習をしていたら、四角い、平べったいものが落ちて来た。それがあんたの描いた、雪山の風景だった」
「……もう一点、風に飛ばされたんですが、それはどうなったんでしょう」
 それは、美里の母親の、里子の絵だった。
 「川に落ちて流されて行ったよ。あんたのは、ここに飾ってある。俺のコレクションの第一号になった」
 「と、いうことは、気に入って頂けたんですね?」
 「あれは凄い。今でも一番好きな絵だ。俺はずっと、三十年も、あんたを探してたんだ。去年の秋に、ミーちゃんの画廊であんたの風景画に出会ったときは、思わず涙が出たよ」
 「……感動しました。私の絵の隠れファンと出会えて、私も嬉しいです」
 「中野さんの絵のサイン、『hisashi kurihara』になってるのよね。どうしてわたしと同じ名字なのかしら?」
 
作品名:狂言誘拐 作家名:マナーモード