狂言誘拐
「今年の年末にまた公園の池に飛来したら、鳥たちが私を憶えているかどうか。それが心配ですね」
中野は本当に心配している顔になった。
「じゃあ、その公園で待っていてもよかったのね」
「そうですね。あそこのトイレは文字通り、中野乗務員御用達のトイレですからね。日に最低三回はお世話になっていますよ」
「冬になったらわたしも、一度そこへ行ってみたくなったわ。渡り鳥ってそんなに人に懐くなんて知らなかった」
「ところで、自由が丘の美里さんはなぜここに?」
「だから、亜矢子さんの旦那さんが美術品のコレクターだからよ」
「そうだったね。そういうひとは、如何にもインテリ風の、ちょっと気取った感じの、線の細いひとなんだろうね」
「アハハハ!」
大笑いしたのは亜矢子だった。
「うちの旦那はまるで逆よ!わっ!出たぁ!」
食事室の入口に、恰幅のいい男が立っていた。
「今、戻ったよ。この足を見ても、俺は幽霊扱いか?」
地の底から湧き出してくるような、迫力のある声である。顔つきはまさにヤクザ映画の悪役、と表現するしかない。
「あっ!赤坂の!」