狂言誘拐
「今年の二月中旬まで、その公園の池では、十羽以上の可愛いキンクロハジロが、越冬していたんですよ」
中野は動物の中では猫が一番好きなのだが、最近は猫だけではなく、渡り鳥も可愛い存在と感じるようになっていた。
目黒区内のその公園には、直径六十メートルくらいの釣り池がある。その池で渡り鳥たちが冬を越していた。羽と腹だけが白く、くちばしがライトブルーで、後頭部に飾りのような羽のある黒い鳥が、キンクロハジロの雄である。眼のまわりには黄色のリングがあり、黒い頭部は西日を受けると紫色に色が変わる。少し小ぶりな雌は全体が褐色である。
「仕事の合間にね。その水鳥たちに餌をやっていたんです。ポップコーンや揚げたポテト、食パンなどを食べさせていました」
鳥たちは日中に中野を見ると、波をたてながら池の上を移動してくる。遠いところにいた鳥は慌てて飛んでくる。彼らは午後七時を過ぎると水の上で眠る。餌には見向きもしない。
ところが驚いたことに、或る日から彼らは夜になっても、中野を見ると集まって来るようになった。
その後、更に驚かされた。二月中旬の晩のことだった。鳥たちは午後十時でも、中野を見ると集まって来た。更に午前二時半。彼が公園の中に入って行くと、鳥たちはまた急いで集まって来た。
恐らくもうすぐ北へ向かい、鳥たちが旅立つのではないかと、中野は考えた。長旅に備えてエネルギー源を補給しているのではないか。全部の鳥が無事に、旅を終えてほしいものだ。その日、中野は寂しい気持ちになっていた。