狂言誘拐
「あなたが機種変更のための契約のし直しをしていたとき、あなたを尾行していたわたしは、すぐ傍にいたのよ」
「あの携帯ショップに、あなたが居たんですか?」
「でも、わたしは急いで同じメーカーの、別のショップへ走って、自分も携帯を変更したの」
「それで発売直後の、同色同機種を入手した」
「……プラチナ通りでわたしはあなたの車に乗ったわね」
「あのときは嬉しかった。地獄に仏でした。都内から鎌倉なんて、五年振りでした」
「わたしは十台以上のタクシーを、あの場所で止めたのよ。だけどそれらの車には乗らないで、待ち焦がれていたあなたの車に、漸く一時間後に、乗ることができたの」
「そうでしたか。もっと早くあそこを通るべきでしたね。あのとき亜矢子さんが別れを告げた男性は、誰だったのでしょう」
亜矢子はその刹那、最高の笑顔を見せた。
「あなたのタクシー会社の、配車係のひと」
「瀬田さん?あそこに居たのが、瀬田さんだった?」
「主人の友人だったのよ、彼。わたしは、あなたの三年分の運行記録表を見せてもらって、夜遅くあなたが通る確率が、一番高いところを考えたの」
「第二位はどこだったんですか?」
「恵比寿ガーデンプレイスだった筈よ」
「そうですか?目黒の池のある公園の前の道だと思いました」
「どうして?」