狂言誘拐
「小野寺。死ぬのはまだ早いぞ。亜矢子さんの手料理を味わってから死ね」
亜矢子のあとを大分歩いて広い食堂に着いた。二十人が一度に食事できるようなテーブルを囲み、三人が着席した。中野と小野寺が向き合う形で座らされ、亜矢子は小野寺の隣に座った。中野は緑色の大理石に、様々な色合いが交差する、鏡のように美しいテーブルに眼を奪われた。自然の造形の美しさには、どんな美術品もかなわないと思った。
「中野さん。お願いします」
亜矢子は彼女のうしろの隣の部屋の方に声をかけた。
「亜矢子さん。私はここに居ますよ。で、何をどうすればいいんですか?」
中野はその刹那、我が目を疑った。盆の上に料理を載せて現れたのは、中野の娘の美里だった。
「みーちゃん!何でここに!?」
美里は如何にも幸福そうな笑顔で、中野の近くまできた。彼女は最初の器を、父親の前に置いた。
「ここのご主人が絵のコレクターなの。それで、画商のわたしが登場するわけ」
「なるほどねえ。そういう繋がりだったのか」
「中野さんにこんなに素晴らしい娘さんが居たなんて、驚きましたよ」
小野寺は眼を丸くして中野と美里を見較べ、感心している。
「この人は小野寺さんと云って、わたしの後輩なんだ」
「美里です。父がいつもお世話になっているんですね。これからもよろしくお願いしますね」
「久しぶりの親子の対面ね。わたしもお料理を運んでくるわ」