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甘夏ほろり

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 そう言うが早いか怒鳴られ続けて俯いてしゃがみ込んでいる三つ編みをした女の子の所に走っていった。樹里は食べかけのフルーツサンドを片手に持ってしばらく唖然としていたが、豊が女の子を庇って気違いのように怒鳴り散らしている猪のような男の子に向かって飛びかかっていくのを見て俄に小さなため息をついて食べかけのフルーツサンドを皿に置くと席を立った。
「そいつが俺の事を睨んだんだっ!俺はなにもしてないのにっ!どうして睨むんだっ?! 俺の事を知っててバカにしてんのかっ?!」
 豊と取っ組み合いをしながら、男の子は鼻息を荒くして泣きながら手の付けられない状態になって叫ぶように怒鳴り続けた。その声はがらんとした天井の高い食堂の隅々に響き渡っていた。
 一面に塗りたくられた白い色はどうやら反射するだけで吸収をする性質は持ち合わせていないらしく、反響したその声が俯いて身を固くして己を守る貝のように食事を続けている子どもらに染み込んでいくようだった。
 しゃがみ込んでいる女の子も怒鳴られた事によってショックを受けてしまい目を見開いて身を守るように出来るだけ縮こまっていくら僕と樹里が擦っても揺すっても頑なに外界を遮断している。職員達も周りを取り囲むだけで圧倒されているのかなにもしようとしないのだ。とりあえず騒ぎが収まってから行動を起こすと言う事なのだ。
「ぎゅってしてやって」
 手を取られて女の子に回すようにしながら樹里にそう言われて僕は有りっ丈の力で女の子を締め上げるように抱き締めた。すると女の子が苦しくなったらしく顔中に皺を寄せて真っ赤な顔をして泣きながら、やめてぇと弱々しく呟いた。
「じゃあ、弱めるから逃げないで戻ってきて」
 樹里の突き放すような口調に女の子が目を瞑りこくこく頷いたので僕は腕の力を少しだけ弱めた。女の子からはシャンプーなのか石鹸のようないい匂いがした。
「あんたに食ってかかったあの子もあんたと同じで怖くて怯えているだけ。あんたに解れとは言わないけど、ここにいるのはみんな同じなんだ」
  ーあいつは強いな 
 顎を引いてきっと睨みつけるようにして諭すように言葉を紡ぐ樹里の姿を見ていて、不意にいつかの晩に言っていた豊の言葉が浮かんできた。同時にぼんやりとした思いが浮かんだ。でも樹里、僕はみんなの気持ち、少ししかわからないんだ・・・
 そんな樹里を見つめていた女の子が急にお母さーんと連呼しながら、綺麗に編んだ三つ編みを掴んで激しく咽び泣き始めた。その声に吊られるようにして食堂の彼方此方からすすり泣きの声が滲み出てきた。耳元で鳴り響く女の子の声は聾に成る程うるさいし、樹里は離していいとも言ってくれないしで僕は困ってしまった。そんな中、樹里がふと立ち上がって豊にねじ伏せられている男の子の所に歩み寄って行った。
「おい」
 豊を押し退けたかと思うと、涙と鼻水でグチャグチャになっているその子を樹里は有無も言わさず強く抱き締めた。突然の事に男の子は急に真っ赤になり手足を振って恥ずかしがっていたが、樹里が頑として離さないので諦めたのかおとなしく埴輪のようにポカンと口を空けて間抜けな顔をしていた。
 恐らく女の子?に抱き締められたのが初めてだったのだと思う。いや、誰かに抱き締められたのが久しぶりだったのかもしれない。
 見ると豊まで一緒になってポカンと間抜け面を曝して突っ立っていて僕は思わず吹き出してしまった。トラウマから来る悲しみと滑稽さが微妙に入り交じったなんともおかしな光景だった。時間にすると3分くらいそのままになっていたと思う。女の子の泣き声以外の全ての音も色も一時停止のように止まっていた。それを打ち消すように樹里が少し動いて、音もなく再び茹で蛸のように真っ赤に崩れ落ちた男の子から離れて何事もなかったかのように自分の席に戻り、食べかけのフルーツサンドを齧り始めたので再び時間は動き始めた。
 豊も狐に摘まれたような表情をして樹里の後を追ってテーブルに歩いて行った。
 僕はと言うと、女の子を離そうにもまだ泣いている女の子がしっかりと僕の手を握って離してくれないので困っていた。僕は君のお母さんじゃないんだっと言いたかったが余計に泣かせてしまいそうだったので、石鹸の香りの中なにも言えずに目をぱちぱちさせていた。職員達に助けを求めて周りを見ても職員達は男の子の方ばかりに集まっていて、役に立ちそうもなかった。急激にお腹が減ってきてさっき盛り合わせたカツサンドは何処に置いたかと気になった。見ると樹里達は食事を済ませて、さっさと席を立って食堂を出て行こうとしている。ちょっと待ってよと慌てて僕が呼びかけると、豊が振り返ってにっと笑った。
「ごゆっくり」
 仕掛けた樹里は振り返りもしなかった。そのまま2人は出て行った。残された僕はお腹は減ってくるし、身動きは取れないしで次第に苛々し始めてきた。
「あのさ、そろそろご飯食べないと・・・僕お腹減ったんだ」
 女の子は涙で濡れたリスのように大きな瞳を瞬かせて小首を傾げて僕を見た。
「あ、ごめんなさい。びっくりしちゃったから、あたし・・・」
「君、さっきトレー引っくり返されちゃって、まだご飯食べてないんだろう?」
「あ、ううん。あたしはもう済んで部屋に戻ろうと思っていたとこだったから・・・」
「っそ。なら、僕まだご飯食べてないから。じゃあね」
 愛しいトレーを探そうとして女の子の手を振りほどくと、途端に女の子がまた泣き出しそうな本当に悲し気な顔をして訴えるように言った。
「邪魔しないから、一緒にいちゃダメ?」
「えっ! べっ、別にいいけど。 でっ、でも僕、ご飯これからだよ?」
「一緒にいるだけでいいから。食べてる間だけでいいから」
 小動物ような大きな黒めがちの潤んだ瞳で見つめられたのではさすがの僕も断る言葉が出なかった。これじゃあまるで、僕が虐めているみたいじゃないか。
 先に行ってしまった豊と樹里を些か恨んだが、女の子から香ってくる石鹸のいい匂いにつり込まれてなんとなく悪い気もしなかったのも事実だった。結局女の子は僕が大量のカツサンドを食べている間、食べづらく横にくっ付いて寄り掛かっていて、ようやく食べ終わって食堂を出ると部屋まで送ってと言うので送ってから無理矢理押し切ってようやく離れてから森へと向かった。
 焼け付くようなそよ風が気紛れに葉を揺らすいつものガジュマルに座って樹里はハーモニカを吹いていた。豊は気根に囲まれた木陰で溶けたバターのように大の字になって寝っ転がり本を枕に昼寝をしていた。僕が汗を拭いながら辿り着くと、豊がふと目を開けて僕を見てにやっと笑った。大きなため息をついて樹里を見上げると、針で無数に黒い紙に穴を空けたように光がチラチラ煌めくガジュマルの何重にも覆われた葉の天井を背に、かろうじて薄く姿が縁取られている樹里はゆったりと目蓋を閉じて歌うように一心にハーモニカを吹き、その音色は赤銅色に温められた夏の匂いに乗って流れていった。



 いつもより早起きの朝、寝坊助の僕にしては珍しく散歩をしに庭に出た。なんとなくいつも行く森とは反対方向の建物の裏側に回ってみると、そこには朝もやの中幻想的に顔を向ける向日葵が所狭しと咲いていた。
作品名:甘夏ほろり 作家名:ぬゑ