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甘夏ほろり

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 その乱暴な言い方に少し驚きはしたものの、僕は特になにも構えずにいつも通りに話を続けた。
「わかんないよ。だけど、豊にも僕にも色々あるように樹里にも色々あるんだよ。それを本人が言いもしないのに、樹里のいないところで僕達が想像して勝手に何だかんだ言うのはなんだか違う気がする」
「・・・それもそうだな」
 いつもの調子に戻ったようにあっけなく言って豊はまたぐいっと缶ジュースを飲んだ。僕にはなんとなくわかっていた。豊は恐ろしく動揺しているし不安定になっている。だから同じような境遇を持つ仲間を見つけて慰め合いたい。
 僕と違って樹里のお母さんは生きてはいるが、けれど豊のお母さんとはまた種類が違う気がするし、なによりどんなに似通っていても同じだなんて言い切れないと思う。誰よりも一番不幸だなんて人はいないように、誰でもそれぞれにしかわからないような不幸を背負っているんだからと母ちゃんはよく言っていた。本当にその通りなんだと思う。
 誰かの不幸がわからないように、自分の不幸もまた誰かにはわからないものなんだから。同じような仲間なんて探したところで無駄なんだ。
 僕より何倍も頭の良い豊はきっともう本当は色々とわかっているだろうけど、どうしても割り切れないんだ。それがお母さんの事だから・・・
「大丈夫だよ。豊もお母さんも生きているんだから、どうにでもなるよ」
 僕はそう言って豊の手から生温くなった缶ジュースを取り上げて一気に飲み干した。この味、すごく昔に何処かで知ってるんだけど、それが何処でだったのだろうかと考えながら。すると突然豊が大声で泣き出したので僕はぎょっとして缶を取り落としそうになった。
 豊は全身を震わせて小さく縮こまり有りっ丈の嗚咽を絞り出すみたいに泣いた。どうしていいかわからない僕の差し出したタオルを握りしめながら我を忘れて小さな子どものように止まる事なく泣きじゃくり、その悲し気な泣き声は夜の静寂に虫の声と一緒に木霊して空気を静かにそよがせた。不思議とうるさくはないその声の合唱は遠くの世界の果てからでも聞こえてくるかのように、豊が泣き疲れて眠ってしまうまでいつまでもいつまでも星の瞬く青銅の空に響いていた。


 いつもの昼食風景。
 脳みそを勉強で占領されてまだぼんやりとしている小さな集団が手に手にプラスチックのトレーを持ち表情の褪せた顔つきで列を作る様はいつ見ても牢屋の囚人を連想させる。誰かが誤ってトレーを落としても、つまづいて転びドミノ倒しのような案配になってしまってもきっと彼らの表情は変わらないのだと思う。要は心が死んでしまっているようなのだ。
 この施設は成る程勉学と言う興味ある事を与えて緑豊かな非現実とも言える環境の中、それぞれの心のケアを図っていく方針を取ってはいるが、それで子どもらの心持ちが軽くなって傷が癒えているのかと言うとそうでもなかった。現実は変わらずいつもそこに横たわっていて、それに対しての見方や受け止め方自体は全くと言って言い程養われてはいなかった。一応カウンセラーのような職員もいるし、相談室と呼ばれるものもあるにはあるが、ほとんど何の役にも立っていないのが現状だった。
 子どもらは固く心を閉ざしたまま、ただひたすら日々を生きていた。或いは固く閉ざされた殻の中で、大きな傷のついてしまった殻の中でなにかが栄養をつけてむくむくと人知れず、下手をしたら自分でもわからないくらいに密かに成長しているのかもしれない。いつとも知れない発芽の時を静かに静かに待ちながら。
 その騒動が勃発したのは最後の蝉が命を限りに鳴き喚く夏も終わりの昼食時だった。
 僕ら3人はいつも通りなにかを喋りながらトレーを持ってバイキング形式に配置された食物の中からそれぞれが食べたいものを選んでいた。今日の昼食は様々な彩り豊かなサンドイッチだった。
 この施設の趣味なのか、何故かサンドイッチのメニューの時は豊富な種類のかなり豪華な盛り合わせが出てる。ハムとチーズレタス、潰し卵とバター、サーモンとオニオンなんか当たり前で、ハンバーグとキャベツ、唐揚げだのイカフライだの揚げ物が豪快に挟まったサンドイッチ、アボガドとシュリンプエビ等のヘルシーなもの、生クリームとイチゴ等のフルーツサンド等々目移りする程本当にたくさんの種類があったのだ。もしかしたら残り物処分だったのかもしれないが、少なくとも僕達はこのサンドイッチの昼食が大のお気に入りだった。いつも小腹が空いた時用にこっそりとナプキンに包んで持っていく。
「樹里ってやっぱ女の子だね」
 卵サンドやアボガドが挟まったものと一緒に鮮やかなフルーツがたっぷり入った生クリームのサンドイッチを選び取る樹里を見て、僕がふと呟いた。
「食べ物の好みで男と女を判別するなんてどうかしてる」
 僕の言葉なんか一向意に関せず淡々とサンドイッチを選び牛乳を受け取る樹里は、カツサンドを欲張って盛っている僕に冷ややかな一瞥をくれるとさっさと歩いて行った。
「大地の考え方のが偏っている方に一票」
 そう言いながら豊はサーモンやハムに混じって、ジャムやイチゴや生クリームたっぷりの甘いデザートサンドイッチで半分以上を埋め尽くされたトレーを片手に持って横を通り過ぎざまに僕の肩に手を置いて何度か頷いた。
「えっ!なにそれっ!ご飯になりそうなものの方が少ないじゃん」
「人の好みにケチをつけるな。俺は甘党だ」
 その途端、食器やフォークが投げつけられるようなかん高い音と共にもの凄い騒音がしてキンキンした怒鳴り声が起こった。
「なんなんだっ!なに俺の事睨んでんだっ!ふざけんなよっ!」
 食堂の奥まった一角、真っ赤な顔をして興奮した鼻の少し大きな小柄な男の子がぶちまけたトレー毎床にしゃがみ込んでいる華奢な女の子に怒鳴り散らしている。僕と豊は一瞬樹里が言われているのかと思って慌てて駆けつけたが、樹里はその少し手前で何事もなかったようにのんびりと食事をしていた。
「・・・なに悠長に食べてんだよ」
 僅かに眉間に皺を寄せて言う豊の顔を見上げながら、咀嚼しているイチゴサンドを特に急がず飲み込んでから樹里は小首を傾げた。
「昼食の時間だから」
「そういう問題じゃないっ!騒ぎが起きてんだろうがっ!」
「関係ない。騒ぎたい奴は好きにやらせておけばいい。どうせ遅かれ早かれそんな風にやりたかったのだろうし」
 樹里はまったく他人事のように平気な顔をして再びイチゴサンドを頬張っている。樹里だけではない。その場にいる子どもらもみんな同じように何もなかったかのように怒鳴り声が聞こえないかのように黙々と食事をしている。みんな耳を塞いでいるんだ。僕は豊を見た。豊は眉間の皺を深くして次のフルーツサンドに取りかかった樹里を見ていたが、いきなり持っていたトレーを思いっきり樹里の前に叩き付けるように置くと怒っているように言った。その音はその場にいた子どもらの肩をびくっと竦ませた。
「犠牲になってる奴がいるだろうがっ!そいつの事も少しは考えてやれっ!」
作品名:甘夏ほろり 作家名:ぬゑ