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幽霊バスと茨姫

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「この顔を見れば、アナタ方の疑問も解決する事かと存じます」
 男の顔は酷く熟れていた。頬からは肉汁が垂れ、目は潰れ、唇は剥がれ落ちていた。
「私の顔はある日、こうして潰れました。酷く痛いのです。痛くて気が触れそうなのです。これはもう呪いに違いありません。ですがやらなくてはなりません。呪わなくてはなりません。呪って呪って呪ったのです。いつまで経っても、いつまで生け贄を捧げても神は許してくれません。殺しました殺しマシタコロシマシタ!」
 男はゆっくりと、花子の肩を持つ。
「いつまで殺せばよいのでしょうか。私はいつまで殺せばよいのでしょうか!」
 狂っている。この男、狂っている。
 花子は悲鳴染みた嗚咽を漏らす。直後、貴幸は男の顔を殴り飛ばす。
 貴幸は男が仰け反っているのを確認すると、花子を抱え、脱出用のハンマーがある後部座席まで走る。そのハンマーで窓を叩き割ると、一気に外へと飛び出す。
 男がバスの窓からこちらを見つめているのを背に、貴幸たちは夜の田舎道を逃走した。

 後の噂だ。
 そもそもその日の夜、最後のバスというのは既にあのバス停を発車していたという。
 それじゃあ、あのバスはなんだったのだろうか、という話になる。
 後に幽霊バスと呼ばれる都市伝説だ。そのバスは雨の日の夜、最終バスが終わった後に走るという。そのバスには、レインコートを着た女たちが乗っているのだとか。間違ってそのバスに乗ってしまったら急いで降りなくてはならない。もし気付いた時に降りなかったらどうなるか分からないという。
 さて、さて。このバスの運転手にはモデルが居る。彼の人柄は皆も認めるもの、紳士のような男だった。ただし、呪術に傾倒しており、その理由は娘が植物状態に陥った故なのだとか。
「眠れる森の美女、ねぇ……」
 そのてるてる坊主染みたレインコートは、彼なりの死に装束だったのだろう。それはきっと、この警察からの資料に添付された写真が物語っている。
 今もそのバスは走っている。それは、それが事件から都市伝説に昇華したからだ。彼は今夜も、呪いを振りまく。娘に掛けられた呪いを解くために、自ら呪われた『怪物』となったのだ。
「呪い、ねぇ。まあある意味では呪いだったのか」
「彼はあの子を助けるために呪いを使いました。故に、呪いは返って彼の身体を蝕んだのです。そもそも素人知識の呪術。成功する道理が無いのです」
 だから、あの男の顔は潰れた。てるてる坊主には本来顔が無い。その呪い返しなのだ。
「ところで貴幸……」
「なんだい、ハナちゃん」
「雨合羽は、ちょっと親父臭くありませんですか?」
作品名:幽霊バスと茨姫 作家名:最中の中