幽霊バスと茨姫
夜道をバスが走る。バスの中はほの暗く、じめじめとしている。
古ぼけた蛍光灯がバスの中を照らしているものの、安全性の問題で光量が少し足りない。だから少し薄暗く感じてしまうのだ。
今日は雨が酷い。この路線はあまり乗車客がいないようだ。このバスは遅れてきたようで、バス停で最終バスを確認している頃にやってきたのだ。このバスが無ければ雨の中歩いて帰るか、あとはタクシーを捕まえて割高の運賃で家まで帰らなくてはならないところだった。
三竹花子はこんな夜は苦手だ。真っ暗で、そこかしこに何かよくないものの気配を感じてしまうのだ。
「雨合羽を着た女子高生?」
その言葉は、花子にとって不思議なモノだった。
「今時レインコートをなんて着る女子高生なんて居ませんよ」
「もう六人も雨合羽を着た女の子が殺されている。それは事実なんだ」
花子は才川貴幸の話を聞いて、頭を捻る。
雨が降るのだからレインコートを着るというのは納得できる。しかし、年頃の女の子がワザワザ脱ぎ着が面倒で野暮ったく見えてしまうレインコートを着るものだろうか。中学生の自分が言うのもなんだが、できれば傘で済ませたいところだ。
しかしまあ、奇特な人間というのは居るものだ。次のバス停で、女の子が一人、レインコートを着て乗車してきた。
「ほら、いるんだって。雨合羽を着る女の子は」
花子は渋々納得する。
「まあそれに、女の子達が自分で着たわけじゃなさそうなんだ」
「って、もしかして死んだ後に誰かが着せたって言うんですか?」
死んだ女の子に雨合羽を着せる変態。そんなものが居るとは思いたくなかった。
「そしてもう一つ異常な点。その女の子達の胸にはね、何かの棘が刺さって、いや、埋まってたそうだ」
「埋まってた?」
「そうそう。一~二センチほどの棘が刺さって、根元からぽっきりと折れてたとか。生活反応がなかった、つまり死んだ後に刺さった物だってさ」
「直接的な死因じゃない、と」
「そもそもの死因は絞殺。全員が首を括って死んでいた。自殺なのか他殺なのか。何故女の子は死んだのか、何故皆が皆雨合羽を着ていたのか、何故例外なく胸に棘が埋没していたのか。分からないことだらけ」
この男は詐欺師だ。怪奇現象や妖怪事件などを専門に扱う詐欺師。ふんだくれそうな素人から気付かれないように気付かれないレベルで騙し取るという信条で詐欺を行っている。
しかしまあ、実際は詐欺師というよりは少しばかり割高な何でも屋といった具合である。何故なら、彼は原因そのものを放置などしないのだ。ポルターガイストが起こるなら、その原因を取り除く。そしてその専門の業者よりも高い値段を吹っかけるのだ。だからある意味では詐欺で、ある意味では何でも屋なのだ。
要は、心霊現象だと思い込んでいる相手を思い込ませたまま、案件を解決させて割高の報酬を得るという小物である。
「で、どうだったんですか? まさか本物なんて言いませんよね?」
「ところがどっこい、まさかの本物。ありゃ不味いって。ハナちゃんだと気絶モノだね」
だから早々に引き上げてきたのか。本物には極力近付かない。これもまた、彼が仕事をする際のルールであった。
そもそも、本物の退治は非常にリスクが大きい。何せ相手は実態を持たない。払う事はできても、消滅させることなんてできない。成仏なんて、本人が拒否する限り出来ない。
もし生きているものだとしても、それはそれで厄介だ。怪物の相手など、生身の人間がやることではない。
「今のところ女子高生ばかりだけど、ハナちゃんも努々、気をつけるようにね」
「そりゃ、分かってますけど」
『えー、次は下沢、下沢です。ご乗車いただき、誠にありがとうございました』
また一人、レインコートを着た女の子が乗車する。
「だけど、何で貴幸。アナタに白羽の矢が立ったのですか。それだけじゃ、ただの怪死事件。悪くすれば変態の異常殺人。怪奇専門の詐欺師のアナタが出る幕じゃない筈なのでは?」
「それがだな、知り合いのお巡りさんに頼まれてね。アレが本物なのか、確かめてくれって」
――なるほど、それで。それにしてもこの男、巡査にまで顔が利くのか。これはいよいよ逮捕は遠くなってきたようだ。
「で、ハナちゃんはどういうことだと思う?」
そう、貴幸は花子に問いを投げかける。意見を仰がれても、自分は専門ではないのに。そう思いながらも、花子は律儀に考える。
「……てるてる坊主」
「てるてる坊主? ああ、確かにそう見えるね」
車内に立っている女の子達を見てそう思う。
「いや、まさか。そんなこと」
ありえる筈が無い。変態どころの話じゃない。それはもう異常者だ。
「貴幸さん、まさか、全員首を括ってたってことはないですよね? もっと言うと、全員が『てるてる坊主』になっていた、なんてことは」
「いや、そんな。まさか。確かに全員首を括っていたが、それがてるてる坊主なんて……それに、胸に埋没していた棘はどうなる。アレは一体どういうことを指すんだ?」
胸に刺さる棘。いや、針。もっとすれば、釘。
「呪術です。人間をてるてる坊主に模して、更に藁人形のように呪いとして意義を高める為に人の胸に棘を挿す。釘の代わりに、棘を……」
「何故棘なんだ? それなら素直に釘を使えば……」
「グリム童話、茨姫。日本では眠れる森の美女として有名です。王女は祝宴に呼ばれなかった魔法使いによって、紡錘に刺さって死ぬという呪いをかけられました。多分、棘というのは、茨姫か、それか紡錘から来ていると考えられます」
「いずれにせよ、呪いか。呪いをかけるとして、それは一体誰に対してだ? そもそも費用対効果のバランスが取れていない。人を殺してまで、呪いたい相手。なら、そいつをさっさと殺してしまえばいい」
「呪いというよりは、呪術。きっと儀式なのです。女をてるてる坊主にして、胸に棘を埋没させる。それはきっと、誰か特定の相手への呪いというよりは、何か特定の目的の為の呪術とする方が適当かもしません」
だとすれば、何が目的なのだろうか。いずれにせよ分からない事ばかり。
頭を抱えていると、また一人。レインコートを着た女の子が乗車してきた。
何でだ? 流行っているのか?
更に、その先で一人レインコートを着た女の子が乗る。
そしてもう一人、更にもう一人。バスに乗ったレインコートを着た女の子は、全部で六名。
「ハナちゃん、一つ言い忘れたことがある」
貴幸の声が上擦る。
「それって、なに?」
花子も身体が石のように重たく感じた。
「女の子達は全員、バスを利用してた……」
いや、まさか。そんなわけ。背筋がゾクゾクする。気持ちが悪い。花子は下車ボタンを連打する。しかし、ベルは鳴らない。
女の子達は、一斉に花子達を睨みつける。その真っ暗な眼窟には既に目が無く、胸からはおびただしい量の血を流している。
そしてそのてるてる坊主達の最奥に男が一人立っていた。このバスの運転手だった。運転手は大きなマスクをしており、帽子を目深に被っているために顔が分からない。
「本日は、ご乗車いただき、誠にありがとうございました。次は東下沢にゴザイマス」
男はゆっくりとそのてるてる坊主らの真ん中を歩いてくる。
古ぼけた蛍光灯がバスの中を照らしているものの、安全性の問題で光量が少し足りない。だから少し薄暗く感じてしまうのだ。
今日は雨が酷い。この路線はあまり乗車客がいないようだ。このバスは遅れてきたようで、バス停で最終バスを確認している頃にやってきたのだ。このバスが無ければ雨の中歩いて帰るか、あとはタクシーを捕まえて割高の運賃で家まで帰らなくてはならないところだった。
三竹花子はこんな夜は苦手だ。真っ暗で、そこかしこに何かよくないものの気配を感じてしまうのだ。
「雨合羽を着た女子高生?」
その言葉は、花子にとって不思議なモノだった。
「今時レインコートをなんて着る女子高生なんて居ませんよ」
「もう六人も雨合羽を着た女の子が殺されている。それは事実なんだ」
花子は才川貴幸の話を聞いて、頭を捻る。
雨が降るのだからレインコートを着るというのは納得できる。しかし、年頃の女の子がワザワザ脱ぎ着が面倒で野暮ったく見えてしまうレインコートを着るものだろうか。中学生の自分が言うのもなんだが、できれば傘で済ませたいところだ。
しかしまあ、奇特な人間というのは居るものだ。次のバス停で、女の子が一人、レインコートを着て乗車してきた。
「ほら、いるんだって。雨合羽を着る女の子は」
花子は渋々納得する。
「まあそれに、女の子達が自分で着たわけじゃなさそうなんだ」
「って、もしかして死んだ後に誰かが着せたって言うんですか?」
死んだ女の子に雨合羽を着せる変態。そんなものが居るとは思いたくなかった。
「そしてもう一つ異常な点。その女の子達の胸にはね、何かの棘が刺さって、いや、埋まってたそうだ」
「埋まってた?」
「そうそう。一~二センチほどの棘が刺さって、根元からぽっきりと折れてたとか。生活反応がなかった、つまり死んだ後に刺さった物だってさ」
「直接的な死因じゃない、と」
「そもそもの死因は絞殺。全員が首を括って死んでいた。自殺なのか他殺なのか。何故女の子は死んだのか、何故皆が皆雨合羽を着ていたのか、何故例外なく胸に棘が埋没していたのか。分からないことだらけ」
この男は詐欺師だ。怪奇現象や妖怪事件などを専門に扱う詐欺師。ふんだくれそうな素人から気付かれないように気付かれないレベルで騙し取るという信条で詐欺を行っている。
しかしまあ、実際は詐欺師というよりは少しばかり割高な何でも屋といった具合である。何故なら、彼は原因そのものを放置などしないのだ。ポルターガイストが起こるなら、その原因を取り除く。そしてその専門の業者よりも高い値段を吹っかけるのだ。だからある意味では詐欺で、ある意味では何でも屋なのだ。
要は、心霊現象だと思い込んでいる相手を思い込ませたまま、案件を解決させて割高の報酬を得るという小物である。
「で、どうだったんですか? まさか本物なんて言いませんよね?」
「ところがどっこい、まさかの本物。ありゃ不味いって。ハナちゃんだと気絶モノだね」
だから早々に引き上げてきたのか。本物には極力近付かない。これもまた、彼が仕事をする際のルールであった。
そもそも、本物の退治は非常にリスクが大きい。何せ相手は実態を持たない。払う事はできても、消滅させることなんてできない。成仏なんて、本人が拒否する限り出来ない。
もし生きているものだとしても、それはそれで厄介だ。怪物の相手など、生身の人間がやることではない。
「今のところ女子高生ばかりだけど、ハナちゃんも努々、気をつけるようにね」
「そりゃ、分かってますけど」
『えー、次は下沢、下沢です。ご乗車いただき、誠にありがとうございました』
また一人、レインコートを着た女の子が乗車する。
「だけど、何で貴幸。アナタに白羽の矢が立ったのですか。それだけじゃ、ただの怪死事件。悪くすれば変態の異常殺人。怪奇専門の詐欺師のアナタが出る幕じゃない筈なのでは?」
「それがだな、知り合いのお巡りさんに頼まれてね。アレが本物なのか、確かめてくれって」
――なるほど、それで。それにしてもこの男、巡査にまで顔が利くのか。これはいよいよ逮捕は遠くなってきたようだ。
「で、ハナちゃんはどういうことだと思う?」
そう、貴幸は花子に問いを投げかける。意見を仰がれても、自分は専門ではないのに。そう思いながらも、花子は律儀に考える。
「……てるてる坊主」
「てるてる坊主? ああ、確かにそう見えるね」
車内に立っている女の子達を見てそう思う。
「いや、まさか。そんなこと」
ありえる筈が無い。変態どころの話じゃない。それはもう異常者だ。
「貴幸さん、まさか、全員首を括ってたってことはないですよね? もっと言うと、全員が『てるてる坊主』になっていた、なんてことは」
「いや、そんな。まさか。確かに全員首を括っていたが、それがてるてる坊主なんて……それに、胸に埋没していた棘はどうなる。アレは一体どういうことを指すんだ?」
胸に刺さる棘。いや、針。もっとすれば、釘。
「呪術です。人間をてるてる坊主に模して、更に藁人形のように呪いとして意義を高める為に人の胸に棘を挿す。釘の代わりに、棘を……」
「何故棘なんだ? それなら素直に釘を使えば……」
「グリム童話、茨姫。日本では眠れる森の美女として有名です。王女は祝宴に呼ばれなかった魔法使いによって、紡錘に刺さって死ぬという呪いをかけられました。多分、棘というのは、茨姫か、それか紡錘から来ていると考えられます」
「いずれにせよ、呪いか。呪いをかけるとして、それは一体誰に対してだ? そもそも費用対効果のバランスが取れていない。人を殺してまで、呪いたい相手。なら、そいつをさっさと殺してしまえばいい」
「呪いというよりは、呪術。きっと儀式なのです。女をてるてる坊主にして、胸に棘を埋没させる。それはきっと、誰か特定の相手への呪いというよりは、何か特定の目的の為の呪術とする方が適当かもしません」
だとすれば、何が目的なのだろうか。いずれにせよ分からない事ばかり。
頭を抱えていると、また一人。レインコートを着た女の子が乗車してきた。
何でだ? 流行っているのか?
更に、その先で一人レインコートを着た女の子が乗る。
そしてもう一人、更にもう一人。バスに乗ったレインコートを着た女の子は、全部で六名。
「ハナちゃん、一つ言い忘れたことがある」
貴幸の声が上擦る。
「それって、なに?」
花子も身体が石のように重たく感じた。
「女の子達は全員、バスを利用してた……」
いや、まさか。そんなわけ。背筋がゾクゾクする。気持ちが悪い。花子は下車ボタンを連打する。しかし、ベルは鳴らない。
女の子達は、一斉に花子達を睨みつける。その真っ暗な眼窟には既に目が無く、胸からはおびただしい量の血を流している。
そしてそのてるてる坊主達の最奥に男が一人立っていた。このバスの運転手だった。運転手は大きなマスクをしており、帽子を目深に被っているために顔が分からない。
「本日は、ご乗車いただき、誠にありがとうございました。次は東下沢にゴザイマス」
男はゆっくりとそのてるてる坊主らの真ん中を歩いてくる。