Haus des Teufels
§ 伊集院家 §
伊集院の家は、隣町の丘陵地帯中央にあった。
丘全体が自然の公園になり、起伏の多い地形が広がっていた。
林の向こうに白亜の洋館が見え、御多分に洩れず高いコンクリート塀に囲まれていた。
よくビバリーヒルズで見掛ける、あの珍しくもない邸宅だ。
正面口に到着すると、門扉が自動的に開いた。
門番はミッキーマウスかと期待していたのだが、どうやら間に合わなかったらしい。
正門から館の玄関まで更に2km以上あった。
真子が黒猫を抱きながら、私の所まで歩いて来たのを思い出した。
胸の奥が、少し熱くなった。
「お屋敷の上に何か見えない?」
麗子が、エンジン音よりも低い声で言った。
「綱のようなのが見えるんだけど……」
車を脇に止め、私と拓人が外に出た。
沿道の両側の樹木には、カラスが群れ集まっていた。
注目されているのは分ったが、手を振るツモリはなかった。
「姉御、何も見えませんよ」
拓人が、いつの間にかカメラを取り出し撮っていた。
「それより、カラスが気になるっす」
物音一つ立てない、不思議なカラスだった。
今は、一番神経質になる時期のハズなのだが……。
再び車に乗り込んだ。
確認するまでもなく、屋敷の上には“幾つにも重なった綱”の気があった。
見ることが出来たのは、私と麗子だけらしい。
『此如く雲気在て、長くして綱を引くが如くにして、陣の前に有り。
黒は計事あらん。
青は兵あるまじ。
赤はそむくことあらん。
黄色ならば慎むべし。
白色ならば、軍あり。
能々見分け、気と季とを考ふべし。』
上泉流軍配正脈の訓閲集軍気図を思い出した。
悲しいことに、見えたのは一色だけでは無かった。
作品名:Haus des Teufels 作家名:中村 美月