Haus des Teufels
§ “神”に触れた者 §
「分りました。でも、なぜ私に?」
「真子の恩人だからじゃ」
「助けられた記憶はありますが、助けた覚えはありません」
「君は、真子の魔法を止めたじゃろう?」
厨房でのクロコとの闘いを思い出した。
「知らないようじゃが……トランス状態になった真子を止められる者はおらん」
老人は悲しそうに言った。
「たとえ神でも不可能なのじゃ」
「私は人間です。それに、肩を叩いただけです」
「“神”に触れた者は……たぶん、君が初めてじゃろう」
頭が混乱しているのが、自分でも分った。
今なら、赤いチョッキを着た白ウサギにでも付いて行くだろう。
長い沈黙の後、老人の明るい声が聞こえた。
湿った雰囲気は苦手だったようだ。
「それに、我が家の招待を断ったのは君が初めてでのう」
歳をとっても、眼光は衰えていなかった。
「少々興味をもって、調べさせてもらったよ」
年寄り、しかも金持。
私のスリーサイズさえ知っていそうだ。
「三年前に隣町に来たようじゃが、それ以前の八年間ほどの記録が全く無い」
お預けを食らった犬のように、再び悲しい表情をした。
「その前は、歴史学者だったようじゃが……犯罪者にでもなったのかね?」
「フランス外人部隊に入隊していました」
「なぜ、そんなところに?」
「ヴァカンスですよ」
私も、暗い雰囲気は苦手だった。
作品名:Haus des Teufels 作家名:中村 美月