Haus des Teufels
§ 神聖文字 §
暗闇が広がり、沈黙があった。
「そろそろ失礼しませんと……」
麗子が気をきかせた。
「お会い出来て、嬉しゅうございました」
真子が悲しそうな顔をした。
「えっ? 今、夕食の準備をしております」
椿が驚いたように言った。
「どうぞ召し上がって下さい」
「それに……」
彼女の目が不安を語っていた。
「先程のような事は初めてなのです。先生も榊も居ませんし……」
「姉御。せっかく夕食も作ってくれてるんだし、頂戴しましょうよ!」
拓人の目が食欲を語っていた。
「それに、困っているようじゃ有りませんか」
彼は、侠気に富んだ麗子の性格をよく知っていた。
「では、お言葉に甘えて……」
彼女の負けだった。
「あたくし達で、お役に立つ事でしたら……」
ディナーのテーブルセッティングが済むまで、屋敷の案内をしてもらった。
椿が真っ先に導いたのは、三階のコレクションルーム。
「では、ごゆっくりどうぞ」
彼女は微笑みながら、皆を引き連れ出て行った。
確かに、私が最も興味を示しそうな部屋だった。
古代メソポタミアから……
エジプト・ペルシア・ギリシア・ローマ、そしてケルト-ゲルマン。
全ての地区の古文書やレリーフ、祭祀や神事に使われた物があった。
中でもヒエログリフ(神聖文字)が刻まれた花崗岩の立方体は、初めて見る物だった。
各30cmほどの正六面体で、連結立体パズルのような切れ目があった。
スミソニアン博物館の保管庫にも、たぶん無いだろう。
「真子の力は、そのアークからじゃ」
突然、老人の声がした。
ドキンと心臓が波打った。
背後から見ていたらしい。
振り返ってもよかったが……今は気分が乗らなかった。
私は、その聖櫃(せいひつ)から目を離さずに言った。
「七人の小人でも、出て来るのかい?」
紳士用の言葉にヒビが入った。
今度は、相手が驚く番だった。
作品名:Haus des Teufels 作家名:中村 美月