Haus des Teufels
§ 黒い竜巻 §
夕暮れが近づいていた。
女が化粧崩れを、男は飲みに行く場所を気にする時間だ。
曇り空のせいで、正確な日没は分らなかった。
屋敷に戻る途中、椿が驚きの声を上げた。
「あれは何?」
中庭辺りにの上空に、黒い竜巻が見えた。
誰かの叫び声も聞こえた。
「Camélia、ここで待機してくれ」
彼女は笑顔で答えた。
「D`accord!(了解!)」
私は、当然……苦笑した。
黒い竜巻の正体は、何百羽という単位のカラスだった。
中庭に駆けつけると、まだ全員が残っていた。
いや、先生の姿が見えなかった。
「誰か襲われたのか?」
駆けつけて、息が切れた自分が情けなかった。
「いいえ、まだ誰も……」
由香里が言った。
客間に続くドアが開かないようだ。
「気が付いたら、こんな状況」
普通のカラスなら……。
存在を誇示するために大声で鳴く。
鳴きながら頭上を旋回する。
木にクチバシを当てて大きな音を出す。
または、枝や葉を落として警告する。
盆踊り大会には早過ぎたし、あまりにも無口だ。
しかも、ここはカアバ神殿のような聖なる巡礼地でもなかった。
「威嚇しているだけさ」
あまり自信は無かったが言ってみた。
「人間には、正面からクチバシでは襲って来ない」
そう、普通のカラスなら……。
背後から接近し、脚で後頭部をタッチアンドゴー。
つがいの二羽での交互攻撃はあるが、群れでは襲わない。
そして、普通のカラスなら、黒い竜巻は作らなかった。
円錐の直径が狭くなり、密度が増していた。
一斉に、しかもクチバシで襲われたら、由香里が101人いないと防げないだろう。
鳥葬という言葉を思い出したが……。
まだ夕食前なので、忘れる事にした。
作品名:Haus des Teufels 作家名:中村 美月