Haus des Teufels
§ 輝く笑顔 §
10分が過ぎた。
由香里の一方的な攻撃が、ペースダウンすること無く続いていた。
驚くべき体力だが、そろそろ限界かもしれない。
柊は受け流すだけで、まだ一度も反撃をしていなかった。
彼女の動きが鈍った時、勝負が決まると思った。
その時、急に由香里が柊に背を向け、動きを止めた。
そして……カメラを回していた拓人にVサインを送った。
一番驚いたのは柊かもしれない。
再び向き直った彼女は、柊のすぐ横をスワン型の後方伸身宙返りで通り抜けた。
10点満点の優雅な回転だった。
得意げな笑顔。
柊は、美しい顔を歪めた。
そして、初めての攻撃。
だが……彼は動けなかった。
由香里が右手で二本指の手刀を作り、偈を唱え始めたからだ。
“呪術!? 魔法!?”
彼は迷った。
次の瞬間、由香里の手刀が柊の額をコツンと叩いた。
「おつかれさま」
椿の明るい声に促され、カラス以外の観衆が拍手をしていた。
「いい試合でした」
「フェイントだったんですね……」
柊は、少女のような赤い唇を噛みながら、素直に負けを認めた。
「完敗です」
「エヘヘ。わたし脳筋だから魔法なんて使えませんよー」
由香里が、息を整えながら言った。
「でも、こちらの方は真子ちゃんの魔力をよく知っていると思ったから……」
由香里の作戦勝ちだった。
私でさえ、一瞬目を疑ったのだから……。
「柊君も凄かったよ。こんなに苦戦した相手は久々かも」
彼女も正直に答えた。
「一度でも攻撃されたら、たぶん避けられなかったと思う」
「実を言うと……攻撃する機会が無かった。いいえ、攻撃出来なかったのです」
彼は恥ずかしそうにうつむいた。
「でも……女性のあなたが、なぜこんなに強く?」
由香里が、うっすらと汗をかいた額を拭きながら言った。
「もちろん、美容のためよ」
彼女の、輝く笑顔が美しかった。
作品名:Haus des Teufels 作家名:中村 美月