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約束~リラの花の咲く頃に終章ⅠLove is forever

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「そなたを信じて四年間、待ち続けた結末がこれだ。たとえどれほど離れようと、心は互いのすぐ傍にある―、そなたと交わした約束を私はとても大切なものだと思ってきた。しかし(ハオナ)、そなたにとって、あの約束は所詮、守るだけの価値もない、つまらぬものだったというわけだ。全くとんだお笑いぐさだな。何から何まで、とんだ茶番ではないか。どこもかしこも下手くそな頭の悪い書き手が考えた三文芝居のようだ」
 尖った言葉を次々に繰り出してゆく王は、莉彩がかつてよく知る男とは別人のようだった。それらの言葉のつぶては剣の刃のように莉彩の胸を鋭く刺し貫き、深く抉った。
 徳宗は真冬の湖のように冷え冷えとしたまなざしで莉彩を射竦めた。
「良いか、私はそなたをけして許さぬ。私をこれ以上はないというほど手酷い形で裏切ったそなたを許しはしないだろう」
 徳宗が乾いた笑いを洩らす。
「実に、実に愚かな男だ、私は。かつて二十四年前、伊淑儀が私を裏切り他(あだ)し男と姦通したというのは全くの偽りで、大妃の策謀だった。私はその時、伊淑儀に死を言いつけ、それは生涯に渡って痛恨の極みとなった。それが、今度は伊淑儀よりも愛することのできる女と漸くめぐり逢えたと思えば、今度は女に本当に裏切られ、他の男に妻を寝取られることになるとは! 全く、実に愚かで間抜けな男であることよ」
 莉彩はひたすらうつむいて、徳宗の言葉を聞いていた。自らを自嘲するかのような言葉は、穏やかで明るい彼には全くふさわしくなかった。しかし、たとえ耳を塞いでしまいたい言葉であったとしても、莉彩は聞かなければならない。
 徳宗にそれだけの言葉を言わせ、追いつめたのは他ならぬ自分なのだ。たとえ、徳宗のために、我が子を守るためにやむなくついた嘘だとしても。
 徳宗は憎悪と妬心に燃える烈しい瞳で莉彩を見つめていた。

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 莉彩と聖泰はその身柄をその日の中に宮殿へと移された。むろん、国王自らの厳命によるものであった。
 いかなる言い訳も拒むことも一切、許されず、かつての寵妃に対しての王の根深い怒りがそれらをよく物語っていた。
 誰もが事の成り行きを固唾を呑んで見守っていた。もう二十年以上も昔になるが、徳宗は自らを裏切ったという罪で当時、熱愛してした妃である伊淑儀に毒杯を賜っている。今度もまた昔の悲劇が再び繰り返されるのかと興味半分、恐怖半分で戦々恐々としていた。もとより、王の妃が良人たる王以外の男と交わって生んだ子など、王が到底生かしておくとは思えなかった。
 だが、王はこの度は全く別の処置を取った。
 表向きは、徳宗は莉彩―孫淑容に一切の罰を与えなかったのである。人々は、この寛大な計らいをやはり徳宗の孫淑容に対する並々ならぬ執着からと理解した。
 ―が、事は意外な方向に進んだ。
 孫淑容を再び入宮させたその夜から、徳宗は彼女の寝所を毎夜、訪ねるようになった。
 四年ぶりに徳宗に抱かれた夜のことである。
 夜遅くにやって来た徳宗を、莉彩は頭を垂れて迎えた。既に女官たちの手によって湯浴みを終えた莉彩は純白の夜着に着替えている。
 四年ぶりに帰ってきた莉彩を以前、仕えていた守(ス)花房(ファバン)を初め、張(チヤン)春陽(チユンニヤン)らの女官たちは泣いて出迎えた。花房など、莉彩を見た途端、号泣して一時間以上も泣きっ放しだった有様だ。莉彩がどれほど彼女たちに慕われていたか、その人望と人気が判るというものだった。
 泣きじゃくる花房を莉彩は優しく抱きしめ、子どもにするように髪を撫でてやった。
 その忠実無比な女官たちの手によって丹念に磨き上げられた白い身体には香油が塗り込まれ、かぐわしい香りを放っている。
 薔薇の花びらがふんだんに浮かんだ湯舟に身を沈める莉彩のなめらかな膚を女官たちが布で磨き上げてゆくのだが、その間中、莉彩は眼を閉じて、なされるがままに任せていた。
 花房だけは、莉彩の固く閉じた眼から涙が零れ落ちていたのに気付いていた―。
 王が訪れたのは既に夜半を回っており、ミミズクの声がいつもにもまして侘びしげに夜陰に響き渡り、寂寥感をかきたてた。
 深々と頭を垂れる莉彩の前にしゃがみ込み、王はその頬にそっと触れる。冷え切った指先に触れられ、莉彩のか細い身体がピクリと震えた。氷のような指に触れられたその箇所から、莉彩の身体までもが凍えてゆくようだ。
 長い指が意味ありげにつうっと下降して、顎の下でピタリと止まった。そのまま人さし指でクイと顔を上向けられる。
「そなたは相変わらず美しい。いや、しばらく見ぬ中に、そなたはどんどん美しく艶やかになってゆく」
 徳宗の整った面にはふっと自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「さりながら、そなたを美しく花開かせた男が予以外の男だというなら、真に嘆かわしい限りだな」
 莉彩は思わず眼を伏せた。
 王の烈しい怒りが怖ろしかった。いっそのこと、このまま処刑される方がよほど気が楽ではないか、そう思えるとほど、その夜の王は全身から荒んだ雰囲気を発散させていた。
 その双眸は底なしの沼のように暗く、何の感情も窺えない。その夜の王の瞳には憎しみさえ浮かんではいなかった。
 徳宗という男は怒れば怒るほど、冷静になり、より感情は静まり返ってゆく。そのことを莉彩はよく知っている。即ち、今宵の王の静かさはその深い怒りを示しているのだ。
 徳宗は莉彩を褥の上に組み伏せながら、冷えた声音で問うた。
「子どもの父親は誰だ?」
「存じません」
 莉彩は瞳を伏せたまま、小さな声で応える。
 王の眉がつり上がり、その美麗な面が怒りのあまり、朱に染まった。
「ホホウ、何とも強情なことだな。そなたの意思が強いのは予も存じておるが、その頑なさは並ではない。良人のある身で他の男と密通した罪が万死に値することは、そなたもよく知っているはずだが?」
 莉彩が初めて眼を開いた。
 唐突に手をつかえた莉彩を、徳宗が眼を眇めて眺める。
「国王殿下。どうか私をひと想いに殺して下さいませ。たとえどのような酷い刑罰でも、私は歓んで受けます。ただ、あの子だけは、子どもの生命だけは助けて頂きたいのです。臨尚宮さまのお屋敷でせめて使用人としてでも使ってやって頂けないでしょうか。このようなお願いをできる身ではないことはよく存じておりますが、どうか、私の最後のお願いをお慈悲をもってお聞き届け下さい」
 莉彩を見つめる国王の眼が愕きに見開かれた。
「よくもそのような口が予にきけたものだ。全く呆れて物が言えぬぞ、孫淑容。密通した科人の身でありながら、裏切られた予に姦夫の子を助けろと生命乞いするとは」
 その時、王は莉彩が許しを乞い、自らの生命請いをするものだとばかり思い込んでいた。だが、女の唇から零れ落ちたのは、自分はどうなっても良いから、姦夫の子どもだけは助けよというものだった。
 屈辱と怒りに王の端整な貌が歪む。
 流石に徳宗もここまで追い込まれては、沈着さを保つことは難しかったようだ。
―何故だ、何故、この女は泣き叫んで生命請いをしようとはせぬ、許しを乞おうとはせぬ。
 王の瞳に烈しい憎悪と怒りが閃いた。